美しき女神像

それはエーゲ海の小さな島にあった。
勝利を祝して作られた大翼を左右に持つ美しき偉大なる女神像はギリシアの美しい海辺に煌々と飾られていた。その美しさは皆、島に住む人々はそれを誇り、また島の外からくる人々はその美しさに驚かれた。
島は栄えていた。この島の栄光はこの美しき女神像とともに永久に続いていくのだろう。皆、そう信じていた。
時代が移り変わるとともに次第に島の暮らしは窮屈に貧しくなっていった。だが再び良くなる時もあったので人々はまたいずれ良くなると信じた。
しかし、ある時を境にぱったりと船が来なくなり、島の生活は困窮するようになった。多くの人が島を出ていく中、残った人は文化的な生活を諦めた。
その中で女神像も忘れ去られ次第に汚れていった。
ある時、島に軍船が立ち寄った、島の人々は恐れて島の奥へと逃れた。軍船に乗った兵士たちはこの島の人間が逃げ去ったことに怒り島の家を焼いて必要なものを奪った。
そしてかの女神像に目をやった。兵士の一人はにやりと笑ってハンマーを女神像を打ちのめした。兵士たちはひとりひとり次々とハンマーで女神像を殴り、気がすむと去っていった。
島民たちが帰ってくるとそこには無残に頭部を打ち砕かれた女神像があった。島民たちは悲しんだ。そしてその女神像を葬った。
もうこの島もこの女神像のように二度と光を見ることはないのだろう。

時が流れ、フランスの領事がこの島に赴任してきた。彼はフランス人の名に恥じぬ芸術を愛する男だった。
「ここは良い島だ、しかし文化的な芸術と呼べるものがないね」
島民たちはこんな田舎にはそんなものはありませんが大昔の遺跡のようなものでしたら眠っていますと答えた。
領事はそれを気になり、暇にあかしていたこともあって遺跡探索することにした。そこで目にした歴史的そして芸術的貴重さに驚いた彼は島の人を雇いその遺跡を調査、発掘した。
そしてそこで見つけた頭部のない女神像に彼は衝撃を受けた。

私は時間とともに美しさを失いそしてあの時、自身の頭部を失い二度と日の目を見ない地中に埋められた。しかしいま私はフランスで、世界でもっとも権威のある美術館に置かれ、世界中の人々が私を見に来る。そして私を見たときの人々の目の輝き、そして感嘆とした表情は私がもっとも完成されていた時と何も変わらない。むしろ私の若き日よりも今の方が私は人々を驚かせているようにすら思う。

ルーブル美術館に安置されるそのギリシャ彫刻の傑作として名高い頭部のない女神像は今日も世界中の人々にその姿を見せている。その顔も腕も大翼の翼も折れて失われてしまったがその魂の美しさが消えることはついになかった。


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