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それってパクリじゃないですか?~小説編(前編)

先シーズンドラマ化された小説である、「それってパクリじゃないですか?」(奥乃桜子著)。ドラマの放送が終了した後も詳しい経緯を原作者視点から読みたいと思い、小説を購入しました。今回は、ドラマの展開との比較も混じえながら、書いてみます。


0001~プロローグ

物語序盤は、北関東某所(多分)を拠点とする「月夜野ドリンク」の知財部の新米、藤崎亜季の元へ送られてきた一通のメールから始まります。メールの送り主は、新しい上司である北脇雅美。この人物からのメールには、「亜季はこの仕事は向いていない」という趣旨のレスポンスが書かれていました。
新しい上司に無条件で好意を抱いていた亜季は、困惑します。そこで、上司の一人である熊井に、亜季が「弁理士」を「便利士」と勘違いしていた点を、指摘されました。

確かに、これは恥ずかしい^^;
私はさすがに間違えたことはないですが(一応法律系の出身なので、弁理士の存在も知っています)、調べなかったのね……。

気を取り直して向かったのは、高校時代からの親友「根本ゆみ」が経営するカフェ。そこで、一人の男性がこちらの様子を観察しているのに気付きました。ゆみによると、「常連さんの一人」だということなのですが……。
ここで、バックに引っこんだゆみが慌てふためき亜季に見せたのは、「株式会社パリーク」からの警告書。
ゆみは『ふてぶてリリイ』という名称の猫のデザイングッズ(モデルは彼女の愛猫)をネットで販売していたのですが、それに対して販売停止を求められたというものです。
二人が調べたところ、ゆみの商品は上質な素材を利用しているのに対し、パリークの商品は明らかに劣化版。いわば『ふてぶてリリイ』の商標を利用した「パクリ商品」でした。

逆転要素

パニックになるゆみ。商標権の世界では、「先に登録していた者が勝つ」。焦って『ふてぶてリリイ』の名称を変えようとさえします。そんな彼女をなだめようとする亜季に、常連客という男性はさりげなくヒントを示唆します。
ここで問題になるのは、ゆみの『ふてぶてリリイ』の名称使用の開始時期。ゆみが一昨年の10/3からこの名称を使用していたのに対し、パリークが『ふてぶてリリイ』の商品販売を開始したのは、昨年6月。さらに商標出願及び公開が昨年11月でした。
この事実から、ゆみが逆転できるかもしれない。そんな二人を見守る謎の男性の正体は……。

印象に残った点

ドラマを見ていたのですが、実は初回は見ていませんでした。なので、小説で初めて上司となる北脇の名前を知った次第です。
うん、「雅美」さんでは女性と亜季が勘違いするのも、無理はありません。ちなみに、読み方は「まさよし」さんです。

さらに、ブランディング戦略として印象に残ったのは、「戦うと決めたら、絶対にブランドの改名はしないこと」という北脇の言葉。北脇曰く、警告に屈して変更したら「その程度」とみなされて、勝てるものも勝てなくなるという言葉が、印象的でした。
確かに、世界的なブランド(ヴィトンなど)の商品が愛されているのは「ブランド名」による部分も大きくて、仮にヴィトンがノーブランド品だったら、あそこまで売れないと思います。

変わった例では、そもそも「ノーブランドでも良質な商品を提供する」コンセプトだった「無印良品」(企業名:「良品計画」)も、既にあの名称自体が立派なブランドですよね。

ちなみに、北脇が亜季に「この仕事が向いていない」と言い切った理由としては、
「亜季は検索もせず、誤字も見落としてメールしてきたこと」。確かに、法律の世界では一言一句をそれこそ重箱の隅をつつくような応酬が繰り広げられますから、北脇の言い分には私も納得です。
ただし、亜季のガッツは北脇も評価しており、これからの亜季の成長を期待させる締めくくりでした。

0002~商標権

亜季の「知財部員」としての活動が本格的に始まります。また、ほぼ時を同じくして亜季が描いたハリネズミのオリジナルキャラクター、「ムツ君」がゆみの店のマスコットキャラクターとしてコースターなどに使用されるようになり、P市で行われる「イラストイベント」に出店されることになりました。
有給を取って張り切ってグッズ販売イベントに出かける亜季。ですが、その売上は芳しくないものでした。予想していたものの、ショックは隠しきれません。落ち込んで貧血を起こした亜季を助けてくれたのは、地元企業の社長である落合でした。お礼をしようとする亜季に、「うちの商品でも買ってくれればいいから」と爽やかにいなす落合が差し出したのは、「緑のおチアイさん」という、月夜野ドリンクの商標(『緑のお茶屋さん』)そっくりのお菓子で……。

パクリとパロディの境界線

休暇明け、出社した亜季は「緑のおチアイさん」の件について報告します。上司である北脇の判断は、

• 『緑のおチアイさん』は正式な手続きを踏んで商標登録された商品
• 『緑のおチアイさん』は一地方の土産品であること
• 商品区分もお茶とチョコレートで全く異なる
(商品区分が異なる場合、同一名の商標登録も可能)

これらの理由から、「緑のおチアイさん」を商標登録違反で訴えるのは、難しいという判断でした。

そこで、北脇は亜季に「パクリとパロディの違いはどこか」という課題を突きつけます。

亜季の出した答えは、次のようなものです。

<パクリ>
• オリジナル品の完全なコピー
• 誰かの絵や文書を丸々盗む
• パクった本人は努力も工夫もしていない
• ただ盗んできただけ
<パロディ>
• 元ネタはあるが、別の作品を作る
• 元ネタを踏まえた上で捻っているからこそパロディは受け入れられる

根本的に、亜季は「パロディ容認派」なのですよね。
一方北脇の示した回答は、次のようなものです。

• 特許の世界は模倣の繰り返しで豊かになるものであり、特許内容の公開はパロディを推奨して世の中の技術を前進させているとも言える。
• 一つの商品が世に出るまでに莫大な金と時間と人が使われている。商標のパロディなど上辺だけを安易にパロディされて、必死に作った中身まで世間に誤認されたらどうなるか。
• シェアや売上を奪われる、ブランド価値を貶められる可能性もある。

さらに、北脇は「創作業界ではパロディを許すメリットがあるが、商標ではあまりない」と言い切ります。

<私見>
創作の世界でも、安易なパロディは原作者によっては受け入れがたいものがあるのでは?
模倣側は軽い気持ちでやっているかもしれないが、原作者の技術やアイデアが安易に模倣され貶められたという点では、パクリと何ら変わらない。
さらに、模倣は原則として「意識的に行うものであり」、その後ろめたさからは逃れられないのではないか。

というわけで、私は安易な「パロディ」には反対です。
パクリやパロディを繰り返していると、自分で苦労することを忘れていきますから、結局自分自身の「創作力」も落ちていくのではないでしょうか。せめて、模倣作はネットで公開せずひっそりとやるくらいにとどめておくのが、ベターだと感じます。

北脇の判断、社長の思い

北脇は、社長に対して「訴訟を思いとどまるように」説得します。その理由としては、以下のようなものです。

• 落合製菓はP市の文化や歴史の保護者として、本業以外で非常に有名である
• 企業イメージが善良であるという評価が定まっている
• 本業の業界内でも信頼されている

以上の事実を踏まえて、北脇の見解は次のようなもの。

• 落合製菓を提訴することは不可能ではないが、いざ訴訟になったとき、人々がどのように判断するかをよく考えるべき。
• 消費者は「たかがパロディ(しかも善良な企業)」を、月夜野ドリンクが潰しにかかったと思い込むかもしれない。
許されるパロディか許されざるパクリかなんて、所詮その瞬間の世間の感覚で決まる。

というものでした。中でも最後の見解は、私もネットを見ていて非常に肯けるものがあります。もっとも、私は「パロディ」に対してもあまりいいイメージはありませんが、「パクリを繰り返す」人の中では「所詮パロディ感覚なのかも」と感じた次第です。

さて、被害者である社長の意見です。
社長はお笑いの「イジり」を引き合いに出して、次のような見解を述べました。

• お笑いなどの世界においてイジっている方はイジられるのはおいしいなんて決めつけている。
• これは暴力的ではないか。
• イジられている方はホントは辛いのではないか。
• パロディも同じで、パロディも同じで、パロディしている方は楽しいが、される方は辛い。
• 『たかがパロディ、悪気はない』。知るか、そんなもの。
• 人の苦労に乗っているのは変わらない。

私も「パクリ」をやられた経験がありますが、社長とほぼ同じ見解です。0から1を生み出す苦労と1から1.5にする苦労は、比較にならない。
「パロディ」のつもりかどうかは分かりませんが、少なくとも、パクった方は「パクリ元に相当に恨まれる」覚悟は負うべきでしょう。私が安易に「パロディ」に手を出さないのは、たとえ争訟にならなかったとしても、業界内(ライティング業界)でこの手の恨みを買わない予防策でもあります。このような遺恨は簡単に解消されないですし、Googleのペナルティを食らう(検索順位が大幅に下がる)リスクも孕んでいます。

解決策

月夜野ドリンク及び落合製菓の双方の顔が立つように北脇が提案したのは、「落合製菓には直ちに『緑のおチアイさん』の製造中止を求める。ただし、月夜野ドリンクの『緑のお茶屋さん』を使用した菓子製造のOEM品販売契約を締結する」というものでした。
※OEM品:ある製造品を製造者の名前を出さずに、自社ブランドとして販売する方法。大手のPB商品などを見ると製造工場が無名の企業だったりする、あれです。

これは、素晴らしいアイデアですよね。結局、企業体力的にも厳しかった落合製菓は、この提案を受け入れることになります。
ただし、私は少し引っかかるものがありました。
それは、「落合製菓にとって、『緑のおチアイさん』はその程度の名前の価値だったのではないか?」という疑問。勿論無理に戦う必要はないのですが、ここにパロディ品の限界を見た気がします。

おまけ

亜季と北脇が出張の新幹線の中で交わした会話中で登場したセリフが、非常に印象的でした。
北脇はクールな印象とは対象的に、実は大の甘い物好き。各地からのお取り寄せ品のスイーツをデスクにしまってあるらしいのですが、絶対に私物のお菓子を他の人に分ける真似はしません。
その真意として、北脇は亜季に次のような説明をします。

無償の受け渡しは、それはそれで重い。金や取引を挟まない贈り物は見返りを求めていないわけで、気持ちを渡すのと同じ。簡単には行えない

やはり「無償」というのは、どこか相互に「甘え」が生じるリスクもあります。
私がnoteで作品を「無償」で公開しているのは、あくまでも自分のテリトリーだからであって、単に企画への参加ではなく、「宣材として使わせて下さい」というのだったら、やはり有料にするべきだった、もしくは安易に相手の要求に応じないべきだったのではないか?とも今でも思うのです。
北脇の上記の言葉は、私にとっては非常に重みのあるセリフでした。

さて、少し長くなってきたので、本作の「キーデバイス」である「カメレオンティー」(月夜野ドリンクの新商品)の特許を巡る攻防については、後編で書きたいと思います。
こちらは、「冒認出願」がテーマ。また、それと同時に月夜野ドリンクがハナモさんにお願いしたイラストの「著作権」を巡る見解についても、考察を巡らせてみます。

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