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泪橋~鎌倉へ(1)

 図書亮が一同の前で二階堂家からの退出を申し出たのは、十三塚の法要が終わってしばらくしてからのことだった。
 取木村を返上して須賀川を去ると述べると、案の定、真っ先に安房守が目を怒らせて図書亮を詰った。
「御屋形様や一族からの恩を忘れたか」
 安房守が怒るのも、無理はなかった。一応図書亮は箭部一族の一員でもあり、安房守には随分と目を掛けてもらった恩義があった。だが、図書亮が命を賭したにも関わらず、三千代姫の兄を見逃したという一事を以て、図書亮は冷遇されたではないか。内心ごちながら、図書亮は黙って安房守の罵倒に耐え続けた。
 罵倒が一通り収まるのを待ってそろそろと顔を為氏の方へ向けると、為氏は落ち着いた様子である。十三塚の法要以来、怨霊はぱたりと姿を見せることがなくなり、為氏もようやく健康を取り戻していた。その側で控えている美濃守も、図書亮の言葉に慌てる様子は見られない。普段からあまり表情を変えない美濃守であるが、何か為氏と通じ合うものがあるらしく、二人の視線が素早く絡み合った。
「安房守。少し落ち着け」
 安房守を嗜める為氏の声は、至極穏やかだ。
「ちと、遠乗りに出かける。美濃守、図書亮。付き合え」
 わざわざ名指しするところを見ると、為氏は三人だけで話したいようである。渋い顔をして見せる安房守に対し、宥め役に回ったのは、意外にも美濃守だった。
「儂がお供する。ご心配召されるな」
 美濃守の言葉に、安房守が渋々といった体で頷いた。美濃守が一緒であれば、特に反対する理由も見つからないのだろう。
 他の家来たちも不安そうに見守る中で、三人は外に出て、馬小屋から馬を引き出して跨った。
「御屋形。どちらへ向かわれます?」
 美濃守が問いかける。
「姫宮神社が相応しかろう」
 為氏が答えた行き先を聞くと、図書亮は締め付けられるような心地がした。建立されたばかりの宮は、三千代姫の御霊を祀る場所でもあった。
 馬であれば、四半刻もかからずに須賀川から和田へ辿り着ける。須賀川に引っ越して以来、図書亮も和田を訪れる機会はめっきり減っていた。
 三人は馬を参道入口の杉の大木にそれぞれつなぐと、急な石段を登り、まずは宮に参拝した。それから、美濃守は近くを通りかかった農民を呼び止め、裏手にある和田館に人をやり、神社に水と軽食を運んでくるように指示を与えた。現在、この宮を管理しているのは美濃守である。宮の鍵も持ってきており、扉を開けると為氏と図書亮を招き入れた。しばらくすると、安藤左馬助がやってきて、言いつけられた物を三人の前に置いた。和田に住んでいた頃は馴染みだった左馬助だが、何事か察したのか、黙って去っていった。
 しばし、左馬助が運んできてくれた膳をつつき、遠乗りで乾いた喉を潤す。
「さて」
 食事が一段落して最初に話を切り出したのは、為氏だった。
「図書亮。二階堂の者らに遠慮することはない。鎌倉へ戻るが良い」
 図書亮は、目を見張った。図書亮から申し出たこととはいえ、あっさりと為氏が図書亮の退去を認めるとは、思ってもみなかったのだ。これはこれで、少し寂しい気もする。
「そのような顔をするな。儂等とて、鬼ではない」
 苦笑しているのは、美濃守である。もっとも、この宿老は知謀の人だ。何か思惑があり、図書亮の退去を認めるのだろう。
「私を鎌倉に戻したい理由は?」
 水の入った椀を置くと、思い切って、図書亮は美濃守に尋ねた。須賀川との決戦前後から、図書亮の身辺をうろついていた胡乱の者、明沢。その雇い主は、何か目的があって明沢を図書亮に近付けたに違いなかった。須賀川との戦の恩賞が少なかったのは腹立たしいが、それも、図書亮を鎌倉に戻したい美濃守の計略の内だったのではないか。図書亮は近頃そう思い始めていた。
 美濃守が、為氏と顔を見合わせる。為氏が軽く頷くと、遂に、美濃守が真の理由を口にした。
「一色家の伝手を頼り、都の畠山殿や将軍家、鎌倉府に働きかけ、岩瀬の地における二階堂一族の支配を、盤石なものとしたい」
 その言葉を聞いた途端、全てが腑に落ちた。一色家は、四職にも任じられる足利の支流である。鎌倉府や幕府に対して強いつながりを持つ一族だ。図書亮自身の身分はまだ安定しないものの、これから先鎌倉において鎌倉府のために働きつつ、二階堂一族のための外交役も務めてほしいということだろう。都にいる畠山持国に宮内一色家の再興を働きかけたのも、美濃守に違いない。
「今、須賀川の家中でこの役目を全うできるのは、お主しかおらぬ。筋目が良く、胆力もまずまずある。それなりに世知に通じている者でなければ、都や鎌倉の有象無象と渡り合うのは無理だ」
 美濃守の説明は、やや皮肉の色を帯びていた。だが、確かに美濃守の言う通りだろう。都や鎌倉の者たちは筋目にうるさいくせに、同族でも腹の底が読み切れない。つまらぬ噂に左右されて大局を見極められない者では、二階堂家の存続を危うくする。後者はともかく、都や鎌倉の高官と渡り合える資格を持つのは、二階堂家において、為氏以外では図書亮くらいのものだった。

©k.maru027.2023

>「鎌倉へ(2)へ続く

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