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短編小説『同窓会の夢』悪夢シリーズ

 車窓に張り付いた雨粒は、過ぎ去る夜街の光をにじませて、まるで抽象画のように再構築した。僕は物思いにふける文豪のように、ひじ掛けに頬杖をついてその名もなき名画を眺めていた。実際は物思いにふけっていたわけではなくて、かなり憂鬱な気分で目的地への到着を待っていた。

 なぜかって、それはこれから同窓会へ参加しなければならないからだった。

 もう二十年近く前に卒業した小学校の同窓会だった。今だに付き合いのある友達も数人いたが、ほとんどの同級生の顔も名前も忘れてしまっていて、卒業アルバムで予習したとて、現在の姿とのすり合わせが成功しなければ、同じことだ。それがうまくいくとも思えないし、面倒だった。とにかく全て忘れてしまいたかった。

 学校に着いたのはもう深夜だった。黒い雨に包まれた校舎の、六年三組の教室の窓だけがオレンジ色に光っていた。

 下駄箱で当時の記憶がフラッシュバックして、どうしたらいいかわからず暫くの間、硬直してしまった。焦燥感と恐怖感が、その理由に蓋をするように襲ってくる。

 今にも逃げ出したいのに、どうしてもそれが出来なかった。僕にはやらなければいけないことがあるはずだ。ブンブンと頭を振って、我に返る。

 革靴から上履きではなく、来客用のスリッパに履き替える。六年間の習慣を取り戻そうする身体に少し自嘲する。暗い階段をひたすら上る。ピタピタと音がする、現役の小学生が聞いたら翌日には学校の七不思議が一つ増えただろう。

 教室にはすでに十五人ほどの同級生らしき人々がいた。大人には不釣り合いの小さな椅子とテーブルに、合成写真のような違和感を持って座っていた。

「おう、久しぶり」と太った男が声を掛けてきた。手にチェックリストのような紙を持っている。

「もしかして、ターカか?」

 当初の心配をよそに僕はその男の正体がすぐに分かった。顔も体型も小学生の時のほぼそのままだったから。もちろんターカはあだ名だ。本名は思い出せなかったけど、そもそも本名なんて必要なかった。

「やっぱり分かるか。いまのところ全員、分かってくれたよ。俺ってそんなに人気者だったのか」

「人気はなかったな、あまりにも変わってないだけだ」

「おいおい、お前のその憎まれ口も変わってないな。***」

 ターカは僕の名前らしき言葉を発したが、僕には聞き取れなかった。

 自分の席だった場所を探す間で、同級生たちと挨拶を交わした。男子は体型と頭皮を除けば、面影があったが、女子は全く見分けがつかなかった。化粧の影響がかなりあると思うが、これでは街ですれ違っても、いや、会話をしたとしても、気が付かないだろう。

「よし、皆揃ったみたいだし、そろそろ”アレ”を開けるか~」

 ターカが大声で言った。

「アレってなんだ」と僕が聞き返す。

「アレはアレだよ。タイムカプセル。卒業する時に皆の手紙や宝物を入れて校舎裏に埋めたろ」

 教室内がザワザワと沸き立つ。誰々へのラブレターを入れたから恥ずかしいだとか、こっそり給食の残りを入れたとか、皆よく覚えているなと思った。

 僕は何を入れたんだっけな、なんだかとても大切なものだった気がする。

 雨の中、僕らは校舎裏へ移動した。誰も傘を差さない。

「掘るぞ」

 ターカがそう言って、スコップを地面に突き立てる。

「可哀想にな」
「ああ、悲しいな」

 誰かが言った。しくしくと涙をすする音がする。

「忘れちゃいけない、弔いだ」

 ターカが自分に言い聞かせるように、答える。スコップが濡れた土を退けて、真っ黒な穴が深くなる。

 この時に、僕は自分のやるべきことをはっきりと思い出していた。今すぐにターカを止めなくちゃいけなかったのに、出来なかった。

 遠くの空が光った。雷鳴は聞こえない。その代わりにスコップの先が堅い音を立てた。タイムカプセルを収納した、プラスチック製の大きな白いボックスが泥の中から現れた。思わず、人骨を想像してしまった。

 もう終わりだ。

 ごめん、やったの僕なんだよ。


 

そんな夢をみた。

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