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異語り 152 魔鏡

コトガタリ 152 マキョウ

30代 女性

ある日、親戚の法事に出掛けた父が大層な鏡をもらって帰ってきました。
親戚の家は田舎の旧家らしく、大きな屋敷の他に蔵まであるそうです。
ですが、田舎に残る親族も減り管理が大変になってきたそうです。
そこで今回、法事で集まった親族に蔵を開放し、気に入ったものを持って帰らせようと考えたのだとか。
「残ったら古物商に処分してもらうから遠慮せずに、最低一つは何か持っていってほしい」と言われたそうです。
父は親族の中では分家の、しかも若造の扱いになるので「重くてかさばる鏡を押し付けられてしまった」と苦笑していました。

旧家の蔵と言っても中身は古い日用品がほとんどで、親族が集まった時用の大量の食器だとか、季節ごとにかける普段使いの掛け軸だとか、それほど値がつくような物はなさそうだったと言っていました。
父や叔父たち下っ端の若造衆は、嵩張ったり重さのある鏡やら、額縁付きの絵画やら、大物の鯉のぼりセットやらを押し付けられ、それぞれ分担して持って帰ってきたそうです。

物は古くずっと蔵にしまい込まれていたそうですが、丁寧に箱に納められており、とても綺麗な状態でした。
ただ、昔の職人手作りの品なのでとても重かったです。
ちょうど私が抱えられるくらいの大きさの楕円型の鏡で、縁の飾りもとても細かく、華美ではないですが、品の良さを感じさせる鏡でした。

「好きに処分してくれていい」と言われたそうですが、せっかくもらってきたのだから仕舞い込んでしまうのは可哀想と言うことになり、
鏡はリビングの扉の脇にかけることになりました。


「出勤前に覗いていくのにちょうどいいわ」
母と姉は気に入ったようで毎朝身だしなみチェックをするようになりましたが、私は何となく好きになれずほとんど顔を映すことはありませんでした。


それからしばらくして飼っていた愛犬のペスが体調を崩しました。
頻繁に咳をするようになったのです。
念のため病院に連れて行くと肺に水が溜まっていると言われ3日間入院となりました。

まだ5歳になったばかりでずっと元気だったのになぜ? 
とてもショックでした。

そして退院後も食欲は落ちたまま戻ることがなく、不安なのか家にいることの多い私の部屋に入り浸るようになりました。
でも、やたらと散歩に行きたがったり、家へ帰るのは嫌がることが増えてきました。

もしかして家の中で何かあり肺水腫になったのでしょうか?

病院では体は他に異常が見られないと言われ、喫煙者の有無やコードをかじったりしたイタズラをしていないかと確認されました。

家族は誰もタバコは吸いません。
もしかしたらどこか見えない所のコードにイタズラをしたのかもしれませんが、そもそもあまり見えるところにコードを挿さないように気をつけていたつもりです。


家族みんなでペスの心配をしていると、今度は母と姉が咳をし始めました。


もしかして何か悪い菌でももらってきたのでしょうか?



そんな風に思い始めた頃。
家を出る前のチェックをする母の姿に目が止まりました。
いつもの母の後ろ姿。

でも鏡に映っていたのは


とても母には見えない年老いた老婆の顔でした。

「きゃ――――――ッ」


私は思わず悲鳴をあげました。
母を押しのけ、鏡を掴み取り、玄関のたたきへ投げ捨てました。

ガシャーン

派手な音を立て破片が飛び散り、少し黒っぽいホコリが舞い上がりました。

「ちょっと、急にどうしたの」
「だって、変なおばあさんが映ってたのよ! ペスも母さんも姉ちゃんも変な咳し始めたのはあの鏡が来てからじゃない。絶対あの鏡のせいだよ」

1人で叫ぶように声をあげる私を、母と姉がなだめてくれます。
父は飛び散った鏡を片付けるために玄関へと向かいました。

「おい、この鏡割れてないぞ」

父の声にみんなして玄関へ集まりました。

さっき粉々に飛び散ったのは鏡の枠の部分だけでした。
鏡はどこも欠けることなく、ヒビも入ることなく円いまま床に転がっています。

なんで?!

父がそっと鏡を拾い上げると、鏡の裏が異様にボコボコしていることに気が付きました。

「ああ、これは魔鏡なんだな」
父がつぶやきました。

魔鏡はガラスではなく金属の板を磨いて作られるそうです。
金属板の鏡の裏面に凸凹を作ることで、鏡に反射した光の中に模様や像を映し出すように加工されたものを魔鏡と呼ぶのだそうです。

父が貰ってきた魔鏡の裏にはなにやらお札のような模様が刻んであり、それにびっしりと黒い粉がこびりついているみたいでした。



その後、魔鏡は父の親族が檀家になっているお寺に納めて供養してもらうことになりました。


鏡をお寺に収めると、すぐに母と姉の咳が治まりました。

ペスの帰宅拒否もなくなりました。
今は以前のようにリビングのソファーの上でひっくり返って寝ています。


あの鏡が何のためにあったのかは分かりません。
ですが、きっと大事にしまわれていたのではなく、厳重に保管されていたのではないでしょうか?
父は「今度知ってそうな親戚に聞いてみるよ」と言っていましたが、最近は法事や集まりは減っている様でなかなか機会はなさそうです。

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