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異語り 047 迎えに来たモノ

コトガタリ 047 ムカエニキタモノ

先週に続いて雨の日の思い出をもう一つ

小学校の頃、住んでいたマンションに西向きの出窓があった。
リビングに直角三角形に突き出た窓。
膝上くらいの高さがあり、大人が腰掛けるのにちょうどいいくらいの奥行きも合った。
でも、結構キツイ西日が入るので何かを飾ることはなく。いつもすっきりしていた。
小学生の頃はよくそこに座って(子供には程よい広さだったので)外を眺めていた。

住んでいたのは三階だったので大した展望ではなかったが、マンションから西側は緩やかな下り斜面だったので、視界は結構開けていた。

遠くに西山と呼んでいた山並みが望める。
私の中ではこの景色が原風景となっているようで、
東京に出た時に、どこを見ても山が見えない眺めがとても新鮮であり寂しくも感じた。
(京都は盆地なのでどこを向いても山が見える)

小学生時分、暇な時の8割程はこの出窓に陣取っていたように思う。


ある雨の日。
その日はシトシトと静かな雨が降る日だった。
いつも通り出窓の中に座り込み、ぼんやりと外を眺めていた。

それほど暗い日ではなかったが、全てが薄ぼんやりと霞んだような景色で、時々通る原色の車が異物のようなアンバランスさで世界を横切っていった。

いつもなら暗くなるとすぐに部屋の電気を付けたがる母が、なぜかこの日はそうせずにいた。代わりにそっと近づいてくると
「雨の日にあの西山をずっと見てるとお迎えが来て、水の国に連れて行ってくれるんやって」
「えっ、ほんまに?」
振り返ろうとした目の先を母の腕が過ぎる。
それに釣られて首を窓へ戻した。
すーっと指差された先に薄青く霞む西山の輪郭が見えていた。

そのままじっと山を見つめ続ける
まだ何か聞いてみたかった気もするが、そんなことよりも今は山を見ていなくてはという意識が強くなっていた。

ほんまに来るん?
どれぐらいで?
どうやって?

色々な考えが浮かんではくるが、身体はただじっと山を見続けていた。


どれくらいそうしていただろうか、

もしかすると数分しか経っていなかったのかもしれないけど

西山と出窓までの直線上の先だけ雨の色が濃くなっている気がした。

あれ、もしかして?

本当にお迎えが現れたのかもしれない。
母を呼ぼうかと思ったが、体が動かなかった。
声も出ない。

意識ははっきりとしているし、居眠りをした記憶もない。
金縛りのような強ばる感覚はない。
どちらかといえば、力が入らず動けない感じ。
重さは感じないが、何かに乗られているような、
ずっしりとした億劫さで動けない。

しかたなくそのまま山を見続ける。

濃くなった筋は徐々に太く大きくなり、こちらに近づいてきていることがわかる。

少しずつその形も見えるようになってきた。

お迎えは1人ではなく、何人も続く長い隊列のようだ。
隊列は、ちょうど出窓の高さに床があるかのようにまっすぐにこちらに向かってくる。

先頭は女。
平安時代の宮中の女御のような着物姿。
長い髪を後ろで一つにまとめ、何枚も重ねた着物は下に垂れ下がることなく、空中にある見えない廊下の上を滑るように進んでくる。

1歩足を出して揃え、また1歩足を出してそして揃える。
とてもゆっくり

ゆっくり近づいてくる。

その頃にはもうお迎え行列の姿しか認知できなくなっていたと思う。
すぐ下を走る車の音も、人の雑踏も何も聞こえない。

代わりに

チリーン


チリーン


澄んだ鈴の音のような音が響いていた。

呆然と見つめていると、窓のすぐ向こうまで来た女が細い目を更に細め笑ったように見えた。
女はフィッと向きを変え、今度は出窓の前を隊列が行く。

先頭の女の後ろに2列になった女たちがたくさん。
そしてその後ろに長い矛のようなものを持った男がたくさん。
隊列の人は皆、人間の姿はしているが、水でできているように青く透けて見える。

さらに続く隊列の中に、牛なしの牛車のような豪華な車が現れた。


ちょうど出窓の前、2メートルほどのところにその車が止まった。
いつの間にか先頭にいた女が車のそばまで戻ってきている。

女が目の前に止まった車の扉に手をかけこちらを振り返った。
何の音も、声も聞こえないけれど「さぁ」と促されているのがわかる。

体はまだ動かない。


行ってはいけない気がする。


声もため息すらも出ない。


いやだ


目を背けたいがそれもできない。

抵抗するすべも、拒否する方法もわからない。

女が目を細め、こちらに手を差し出してきた。



ここで私の記憶は途切れてしまっている。
この後どうしたのか、何があったのかすら覚えていない。

きっと記憶に残らないほどに普通に過ごしたんじゃないかと思うが、今思い返してみてもおかしなことだらけだ。

まず、母はこの手の話には全く興味関心を持っていない。
したがって、あの日「山を見ていたら~」なんて話をしてくるはずがない。

そして実はこの話は高校に入った頃、唐突に思い出した話でもある。
それまではきれいさっぱり忘れていた。

思い出した時はあまりに唐突だったので「もしかして夢を見ただけなのか?」とも思ったが、この話を家族にした時に二つ下の弟が
「そういえば、姉ちゃん。なんか変なこと言ってた時期があったよな」と言っていた。
時期的にもこの記憶の頃と一致するが、私自身にはその変なこと言っていた記憶はない。


もしかするとまだ何か忘れているのかもしれないが、未だに何も思い出せずにいる。
当時住んでいたマンションはもう手放してしまっているので、行って確かめるすべもない。


今住んでいる所からは山が見える。
雨の日に山を見ると、時々あの時の女の顔を思い出してしまう。

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