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短編小説「遊び」


 

 「私、今日も投げられるのかな」自身の傷だらけの体を労わるように見渡しながら妹は、左隣に肩が触れるほど近い距離にいる兄に呟いた。



 「この天気だとそうかもしれないね」兄は中途半端に開かれた玄関の扉から差し込む、暖かな日差しを憎みながら妹の問いかけに応えた。「なんで、いつもお兄ちゃんじゃなくて、私をあんな地面に投げつけるの?私……もう嫌だよ。お兄ちゃん代わってよ……」妹は投げつけられた過去を思い出したのだろう、涙声混じりのその悲痛な願いは、兄でさえ耳を塞ぎたい気持ちにさせられた。



 「お兄ちゃんだって変わってあげたいよ、お前投げ飛ばされ、地面にたたきつけられる瞬間僕は一番近くで見守ることしかできない。お兄ちゃんが投げ飛ばされればいいのに……ごめんな、ごめんな」




 妹の境遇を代わってあげたい。しかし、それはできない。前に一度だけ妹と場所を代わったことがあった。単純であるがこれで妹を救えるかもしれないと、兄は喜んだ。しかし、この企てはすぐにばれた。いつもの定位置ではない違和感がそうさせるのだろうか、妹に乱暴をする極悪人は、瞬時に妹と兄の場所を元に戻し、妹を地面に投げつけ笑っていた。そしてなんと、その様子は極悪人の取り巻き達も見ており、一緒に笑っていた。極悪人たちにとって、きっとこの所業は遊びでしかないのだと兄はその日強く思い知らされた。 


 

 「今日も校庭で友達と遊んできます」少年はリビングでおやつを食べ終わると同時に母にそう告げ、玄関に向かって勢いよく駆け出していた。最近学校で流行している〝靴とばし〟を早くやりたくて仕方がない様子である。玄関で少年は、利き足である右に履く靴の紐を少し緩める。今日こそ友達に「変な飛ばしかただな」と、笑われないようにしなくてはと気合いを入れた。

 

 

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