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短編小説「本物」


 
 
 「どうだね、私のこのコレクションは全て本物だろう?」扉のある壁意外の三面にはガラスケースが天井近くまで設置されている。外の乾燥した冷気はこの部屋には侵入できない。天井中心に備え付けられている空調が、この部屋の主役たちにとって快適な空間を提供しているのである。今この部屋にはガラスケースに仕舞われている主役たちと、その姿を歩きながら見回る鑑定士である私。そして所有者であり私の依頼人の2名しかいない。依頼人はこの手の依頼人によくいる恰幅かっぷくのよい姿をした初老の男性である。私は依頼人からの質問には答えなかった。





 「90年代初期の物を中心に素晴らしいコレクションですね」と、視線はガラスケースから目を離さず、素直な感想だけを述べた。ガラスケースに仕舞われている物は言ってしまえば、玩具である。子どものおもちゃ。もっとわかりやすく言ってしまえば、紙切れである。一般的にトレーディングカードといわれる物だ。
 





 「そりゃそうだろう。金に糸目をつけず集めたものたちだ」男性は私の賛辞が嬉しかったのか満足気に笑った。ガラスケース越しに見える男性の笑顔は湾曲し歪んで見えた。その笑顔を避けるように私は振り返り、依頼人に対峙した。「本日の鑑定内容は、この部屋にある全てのカードが本物かどうかを調べてほしいということでしたが、お間違いございませんか?」「そうだ、だが君は今この部屋のコレクションンを見回っていたじゃないか?まだ鑑定は済んでいないのか?」





 「カードの状態を一通り確認していただけです。状態に白かけ、折れ、擦り切れなど多いコレクションですと鑑定の辞退をお勧めする場合があるので」私は営業スマイルをもって、この素人の馬鹿にわかるように説明した。「そうなのか、ならその点の心配はない。ここのコレクションは間違いなく状態は一級品だ。だから早く鑑定をはじめ本物という鑑定書を作ってくれ」「かしこまりました。早速鑑定に入らせて頂きます」
 




 
 私は馬鹿な依頼人が大っ嫌いである。〝仕事に集中して取り組むために席を外してください。〟と、お願いし依頼人に部屋からの退出を願った。鑑定中に馬鹿な発言による仕事の邪魔をしてほしくないのである。依頼人の退出後、さっそく私は預かったガラスケースの鍵を使い、コレクションを一枚一枚手に取り鑑定をはじめた。一品一品丁寧な仕事を行うのが私のモットーである。
 



 
 鑑定終了までには半日かかった。私は結果を報告するため部屋に頼人を呼び入れた。「今回のコレクションの鑑定を行ったカードは全て真作。つまり本物でした」私の鑑定結果を受け依頼人は目を見開き、顔を硬直させた。そして、「そうか、本物だったか」と、短く答えた。「誠に残念ですが、本物でした」




 
 現在、依頼人がコレクションしているトレーディングカードは、当時出回っていた〝コピーカード〟と呼ばれる偽物に価値がある。偽物の本物と信じ、本物を買わされていた依頼人は本物の馬鹿である。私は心の中で少し同情した。




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