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短編小説「不治の病」


  「私はあと、何日生きることができる?」と、男がベッドに横たわりながら呟いた。男のいる寝室は人1人に対しては十分すぎるスペースを有しており、それがそのまま男の持つ莫大な富を繁栄していた。日光が差し込む窓からは庭師が整えた庭園と噴水が朝を格別なものへと装飾している。しかし、そのどれもが今は男が関心を向ける象徴とはなり得ない。目は霞み焦点はぼやけ、自然の芽吹き始める新緑の香りすらわからない。



 男の発した〝何日〟という差し迫った状況を表す言葉を聞き、ベッドの横で朝食のスープの準備をしていた年老いた召使いは動きを止めた。その時間はほんの数秒であったが、真実を話すことを決めるには十分な時間であった。「ご主人様。これは奥様やご子息様からご主人様へ告げることを固く禁じられていたのです。そのためこれから告げる事実は、私の身勝手な判断によりお伝えするものとなります。どうか、結果をお聞きになっても、気を落とさず、闘病をすることを私めにお誓いになってください」



 召使いの両の目には涙が溜まっており、虹彩が波打っているように男のには見えた。男は乾いた唇が裂けそうになるのを我慢し、微笑んだ。「お前のその思いやりのある言葉。それを聞いただけで私は既に満足だ。もう私の病については喋らなくて良い。私は今まさに死が怖くなくなったよ。私はお前のような、思いやりのある人間に看取られることがわかった。ありがとう」男は今までは纏わりついていた死の恐怖から、なんとか逃げようとしていた。ある程度の信頼できる死期を知ることで、訪れる死の瞬間まで恐怖を心の奥底へ閉じ込めようとしてたのである。しかし、今はもはやその必要がない。




 窓から伸びる日差しが男のベットの上に伸びる。そこへ手を這わせ太陽の持つ暖かさを感じた。「あと1ヶ月生きられるか分からないが、まずは春の季節を越えることを目標に頑張ろうと思う」男の言葉に執事は涙を流した。




 主人が朝食のスープを飲み始めたタイミングで、執事は一旦部屋を後にした。部屋を出ると廊下を重い足取りで主人の妻である奥様の部屋へと進むと、ノックをして部屋へと入り静かに報告をした。




 「奥様、大変申し上げにくいのですが、ご主人様に病名をやはりお伝えしましょう……。ご主人様の病状は確かに林業を営む身としては、辛いものでございます。しかし、私の勝手が想像でございますが、ご主人様は何か勘違いをしている様に思えてならないのです……。このままではただの花粉症が手の施しようのない大病に変容してしまいます。諺で『病は気から』というように、取り返しのならないことになる気がしてならないのです……」




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