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アルパチーノと手を振って

大学時代、バイト先の仲の良い先輩がおすすめしてくれたのが川上未映子だった。初めて手に取った作品は「あこがれ」で、物語の中で使われる別れ際の挨拶"アルパチーノ"を真似して退勤をしていたあの頃は、つい最近のことのようでもう5年以上も前の話だ。

「乳と卵」のように、まくし立てるような関西弁で展開される作品を読んでいる時の私はかなり流暢な関西弁を心の中で話していたし、「すべて真夜中の恋人たち」を読みながら自分自身にとっての御守りとは何かを探していた。「ヘヴン」では、理不尽の多くには理由がないという圧倒的な現実と無力さを突きつけられ、全身の力が抜けるのではないかというくらい体力を使って一冊を読み終えた。
普段は心の奥の奥に隠れている、言語化できないけれども確かに熱を持った感情の存在を、私は川上未映子作品を通して実感してきた。そして、その感情に突き動かされる独特の読後感をまた得たい、と手を伸ばしているうちに、いつしか人から聞いたおすすめの枠を超えて、部屋の本棚には立派な川上コーナーが出来上がっていた。

楽しみにしていた新刊は12年に渡る雑誌Hanakoでの連載をまとめたエッセイで、「深くしっかり息をして」というタイトルが胸を打つのは、息苦しいコロナ禍を経たからだろうか。
小説家 川上未映子は私にとって孤高の存在で、好きすぎるあまり、実在しないのではないか?と思ってしまう作家さんなのだけれど(そのくせInstagramはしっかりフォローしている)、エッセイには生活を暮らしを営む姿がしっかり綴られており、同じようにこの世界にいる人なんだなあ…と。発売のタイミングではPodcast番組への出演があって、それを聴いたことで、歳の離れた友人と話しているような親近感を抱きながらページをめくるという、今までとは違った楽しさを味わうことができた。
日常からひとつまみ、川上さんの視点で続く文章に、時折、物語あるいは人物を通してこれまで描かれてきたテーマの片鱗を見つけたときには、やはりあの読後感に近い高鳴りを感じたのだった。 

川上さんを教えてくれた、バイト先の先輩とはその後に音信不通になってしまった。この数年間は連絡をとることはできず、数年前の風の噂でしか近況も知らないのだけれど、川上作品を手に取るたびに、よくしてもらった出来事と一緒に思い出す。

今日もどこかで、深くしっかり息ができていますように。いつかまた会えることを願いながら。

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