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シーソーシークワーサー Ⅱ【74 顔出し、顔無し】

【シーソーシークワサーⅠのあらすじ】

 母を亡くし、その孤独感から、全てを捨てて沖縄から出た凡人(ボンド)こと、元のホストの春未(はるみ)。

 一番に連絡をとったのは、東京の出版社に勤める絢だった。

 絢に会うまでの道のり、人々との出会いで得たことは何だったのだろう。島に帰った凡人は、母亡き後の、半年間時が止まっていた空間に佇みながら、生い立ちを振り返っていた。

 生前の凡人の母、那月は凡人を守って生き抜くために、様々な選択をする。

 沖縄から遠く離れた本土の片田舎で育った凡人の母、那月。母の重圧に耐えかね、家を出た。家出少女を何も聞かずに受け入れたMasaとその妻、順子。Masaは那月に3ヶ月で売り上げを3倍にすることを条件に、次の日から衣食住の提供と引き換えに那月を自分の古着屋で働かせる。

 その店に決まって現れる女とMasaの関係に気づいた那月。それ以外は満たされた労働環境のはずだった。店を出る決意をした那月だったが、また別の店に拾われる。そこは寂れた商店街の一角にある靴屋「ANYO」だった。


Ⅱ【74 顔出し、顔無し】

 犬伏の日常は何も変わらなかった。毎朝、開店時刻の10時にレジを開け、釣り銭を補充し、3軒隣の和菓子屋の店主と話し、決まってどら焼きを買い、その後はそのままどこかに出かけていき、17時ちょうどには向かいの薬局の角から現れ、レジの中から五千円を抜き、那月に渡した。

 売上があろうとなかろうと、同じ金額が那月の手元には来る。隅々まで掃除が行き届いているかをチェックしているわけでも、売上や仕入れについてこと細かく指摘することもなかった。

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