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【シロクマ文芸部】ヒマワリへ

「ヒマワリへタスク999」

それが妻の最後のメッセージだった。

四十回目の結婚記念日を間近に控え、妻は呆気なく他界した。死因は交通事故。飛び出してきた猫か狸を避けようとしてハンドルを切り損ねたらしい。悲しくはあったが動物が好きだった妻らしい最後だと思えば少しは納得できる気がした。

その年の結婚記念日は一人で過ごした。いつもは二人でプレゼントを交わした。ミステリー好きの妻は、いつも暗号を記したカード入りの封筒を渡し、私が四苦八苦してそれを解くのを面白そうに眺めていた。暗号の謎が解ければプレゼントのありかがわかる。

せっかちな妻だった。ミステリーが好きなくせに、謎解きが待ちきれなくいつも最後の謎解き部分を先に読んでから残りを読んでいた。

おっちょこちょいの妻だった。書く文章は誤字脱字、言葉の書き間違いが多く、それをいつもキーボードのせいにしていた。もっとも手書きの場合もそうであったのだけれども。

おしゃべりが好きで楽しいことが好きで無邪気で子供のような妻だった。その笑顔は例えて言うならひまわりの花のようだった。 

妻を亡くしてから家の中は急に静かになってしまった。1日が過ぎるのがとても長く苦痛に感じる。妻の名を呼んでから私は気づく。もう私の呼ぶ声に返事をする者はいないのだ。

妻の遺品を見て心が痛まなくなるまで一年かかった。今でもちくりと痛みはするが、以前の千切れるような強い痛みは薄らいでいた。妻の机を片付けていて、私宛の封筒を見つけた。そこに入っていた便箋には「ヒマワリへタスク999」と走り書きがしてあり、その下にどこやらの住所らしきものが書きつけてある。

おそらくカードに清書する前の覚書のようなものだったのだろう。いつも使っていたカードは白紙のままだった。結婚記念日に渡そうとしていたものに違いない。

私はPCで住所を検索した。とある岬のはずれにそこはあった。立ち入り禁止の柵が建てられその向こうには無数の向日葵が咲いている。海で遭難した人々の魂を鎮めるためにそこにはひまわりが植えられたのだという。鎮魂のため人の出入りは禁じているらしい。残された者の祈りが向日葵に託されているのだろう。

画面に映る無数の向日葵を眺めながら、突如私は理解した。妻は「ヒマワリヘタスク」ではなく「ヒマワリへタクス」つまり「向日葵へ託す」と書き間違えたのではないか。そして999の意味は。

私は全てを理解しその場に泣き崩れた。

向日葵999本の花言葉は「何度生まれ変わっても君を愛してる」

私は妻の遺品に囲まれながら初めて声を張り上げて泣いた。夕陽が部屋を赤く染めていた。

                 (終わり)

*こちらの企画に参加させていただきました。

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