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【シロクマ文芸部:ただ歩く】お後がよろしいようで

ただ歩く。それは行き着く先がなく目的のない行為にすぎない。健康のため気晴らしのためと、人は根無草のようにふらふらと歩き回りそれで満足している。

『ただぶらぶら歩くようになった、いわゆる散歩というやつは明治時代からの話らしいんですな。かの有名な夏目漱石先生がイギリス留学からお帰りの際に散歩を広めたという話ですが、どこまで本当かわかりゃしません。歩くのは主に移動手段だったわけで。

とはいえ、歩くのが移動のためばかりとは限らないようで。度重なる荒川の氾濫に頭を痛めた時の将軍吉宗公は、氾濫しないようにと堤防を作りなすった。でもそれだけじゃあ足りませんや。大勢が地ならししないと土は固まらない。そこで桜を植えてそれを目当てに大勢がそこに集まるようにした。大勢が歩いて踏み固められれば金をかけて人足を雇わずともすむ、そこに、茶屋ができればさらに人は増える。店も儲かる。庶民はいい気晴らしができる。よくできた話じゃありませんか。

え?あたしですか?あたしはハナシカでございますよ。「ハナシカは見てきたように嘘を言い」なんてねぇ?あたしらがいうことはほとんど口先三寸のでまかせでございますよ。それでもあたしらがおまんまをいただけるのも、この嘘話のおかげなんでございます。

え?あたしの名前ですか?あたしの名前は…』

カタリと音がして、言葉は途切れた。男の子は苛立たしげにコインを入れようとして、手持ち分を使い果たしてしまったことに気がついた。

父親がもう出るよ、と促した。男の子は、うん、と返事しながら名残惜しそうにハナシカのいるブースを眺める。

「お前はこんな古臭いものが好きなの?」と父親は苦笑する。だって、と男の子は言う。

「隣のクラスのB太が自慢するんだ。今は古ければ古いほど新しいんだ、知らないの?遅れてるぅってバカにするんだ。」

何度目かのリバイバルブームとかで、今は昭和の文化がブームになっている。ショーテンとかいう、どこが面白いのかわからないものが若者には受けてるらしい。

「まあ、確かに昔のものにしては良くできてるよな。」

人間そっくりのマネキンが身振り手振りよろしく表情豊かに話をする。簡易AIを使い適当な話を繋ぎ合わせもっともらしく喋らせる。きちんとした古典話は肖像権だか著作権だかの問題で子供の小遣い程度では手が届かない。

「今度ヨセに連れてってやるよ。」

父親の言葉に男の子は目を輝かせた。とは言っても、目の奥でショートしたかのようにチカチカ点滅しただけだが。

二人が手を繋ぐと金属の音がカチカチ鳴った。人間に対し、彼らの興味は尽きることがない。彼らの残した様々な文化はどれも興味深く飽きることはない。

父親型と子供型のアンドロイドは有毒ガスの吹き荒れる外を歩いた。ただただ歩いた。彼らの硬い外殻を鉄片が時折掠めたが苦にならなかった。目的もなく歩き回ることの何が楽しいのかと思いながらそれを味わおうとするかのように。

                                                  (終わり)

*こちらの企画に参加させていただきました。いつもありがとうございます。良いアイデアが浮かばなかったので、他の方の作品を読むのが楽しみです。


https://note.com/komaki_kousuke/n/n23872f62850f


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