雨の日の水溜りで遊んだのはいつの頃だろう【18】

国道沿いに南に歩いて行った。

この道路は一車線しかない。狭いのに主要道路となっていて、ひっきりなしに車が通っていた。

歩道は白線で分けられているだけの質素なもので、隣をトラックが通ると風が巻き起こる。

右手に、小さな漁港が見えた。
漁を終えた小舟の漁船が、たくさん舫で繋がれていた。
子供の頃、桟橋でよく遊んだ記憶が蘇る。

町の様子は変わっていないように思えた。

本当は変わっているのかもしれないが、記憶のままだった。

記憶を頼りに、国道を外れて、なだらかな坂道に入った。

山の麓の集落。

だらだら坂を登っていくと、坂の途中に、寂れた御堂があった。
かくれんぼした時、この御堂によく隠れたりしたことを思い出す。

明代の家は、この御堂の近くだったように思う。

風景を眺めていたら、なんとなく、記憶が蘇ってきた。

鳥の囀り、鳶の鳴き声が聞こえてきた。

空を見上げると、青空の中、鳶が円を描きながら飛んでいた。

山の斜面に蜜柑畠が広がっていた。

収穫を運ぶ小さなトロッコがぽつんとあった。

トロッコの銀色のレールが陽光できらきらと光っていた。

振り返ると明るい海が見えた。
遠くに島のシルエットも見える。

帰ってきたのだと思った。

明代の家を思い出し、歩き出した。

御堂の横の坂を下って、すぐの家が明代の生家だった。

人の気配はなかったが、呼び鈴を押した。

はあい、と遠くから女性の声が聞こえた。

暫くして、玄関の引き戸が開いて、年嵩の女性が現れた。

僕は言った。

「はじめまして、突然失礼します。こちらは、神野さんのお宅でしょうか」

「はい、そうですけど…何か?」

女性は怪訝そうな表情で言った。

「僕は東京で探偵をしているものです」

僕はポケットから名刺入れを取り出して、名刺を女性に手渡した。

女性はそれを受け取りながら、僕をじっと見つめていた。

「それで、何か?」

「実は、神野明代さんに大変お世話になったという人から、実家を訪ねて、今もご健勝かどうか調べて、もし実家にいらっしゃるようなら手紙を渡して欲しいと依頼を受けまして、伺った次第です」

「明代?お世話?」

「はい」

「あの…」

「はい」

「うちに子供はいませんが…」

僕は笑顔が張り付いたまま、固まってしまった。

鳶の鳴き声が聞こえてきた。

そよ風が髪を撫でた。

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