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#4 ユヴェントスのリブランディングで語られていない実はスゴイこと | The great things you never know about Juventus's rebranding


2017年1月、イタリア・トリノの歴史あるビッグクラブであるユヴェントスが新たなブランドアイデンティティを発表した。そのカタチの一つとしてエンブレムを一新した。

その大きな変貌ぶりに多くの人が驚き、リアクションしたのではないだろうか。しかも、その当時のリアクションはネガティブなものが多かったようにも記憶している。いずれにせよ、120年以上の歴史と伝統を誇る世界的ビッククラブが大胆な変革を起こしたことに世界中のサッカーファンが反応したことは確かである。

以下を見てもらえれば、ユヴェントスが行った今回の変革がどれだけのものかが一目で分かるだろう。



ユヴェントスのリブランディングにおいてよく語られていること


ユヴェントスがリブランディングを発表してから2年近くが経ち、このリブランディングについてはポジティブな意見ばかり聞くようになってきている。

ロゴがシンプルになったことにより、ファッションとの相性が良くなり、デザイン性が高まっているといった点や、以下からも分かるように他のクラブのロゴとの差別化がされ、ユヴェントスブランドがより際立ったものとなっているといった意見である。

以下のセリエA各クラブのロゴを見ても分かるように、ほとんどすべてのサッカークラブのロゴはいわゆる「エンブレム」である。つまり、紋章や盾をモチーフとしている。エンブレムは伝統や歴史を承継した厳かで堅いデザインであるため、いい意味でも悪い意味でも存在感が強く、どうしてもファッションと組み合わせるとエンブレムが主張し相性が悪くなる。
そういった暗黙の因習を打ち破ったのがユヴェントスである。ユヴェントスの新たなロゴは、これまでの「エンブレム」でなく「ロゴ」なのだ。ユヴェントスのもつ伝統や歴史を承継しつつも極限まで削ぎ落とし、それを表現したのが新たなロゴである。

この2年間で、ユヴェントスの新たなロゴに対する「デザイン性」と「差別性」については、多くの人が語ってきていること
だと思う。

また、このリブランディングの背景についてもっと知りたければ、ユヴェントスのマーケティング責任者とリブランディングを担ったブランドコンサルティングファームであるインターブランドの戦略担当をインタビューした記事を参照されたい。




ユヴェントスのリブランディングにおいて語られていない実は“スゴイ”こと

今回のリブランディングにおいて世間で語られていないが、実は“スゴイ”と個人的に思っていることを書きたい。自分もブランディングを仕事としている端くれであり、企業や団体がブランディングに対して意思決定をしている場面に日々直面している者として感じることを書きたい。

自分が思うスゴイことは2つある。1つは、リブランディングの「タイミング」。もう1つは、この新しいロゴに「Goサインを出した」という事実である。


なぜこの「タイミング」がスゴイのか?

一般的に、企業や団体がリブランディングを検討・実行するタイミングはいくつか挙げられる。

・50周年や100周年といった「周年」のタイミング
・経営者などトップマネジメントが変わったタイミング
・業績不振などで変革が必要なタイミング
・不祥事などでブランドが毀損したタイミング
・事業変化や事業多角化などによりこれまでのブランドと現在のブランドが一致しなくなったタイミング(例:社名と事業内容が一致していない)

ざっと挙げてみたが、大体はこのようなタイミングでリブランディングを行う。しかし、今回のユヴェントスのリブランディングのタイミングは上記のどれにも当てはまっていない

2017年1月に新たなロゴやブランドアイデンティティが発表されたということは、2016年前半から中頃にはプロジェクトは動き始めていたはずである。
この時期は特に周年記念でもなく、2016-2017シーズンはスクデットを獲得し、コッパ・イタリアを制覇し、チャンピオンズリーグでは準優勝を果たした実りあるシーズンであった。ユヴェントスは2011-2012シーズンからスクデットを獲り続けており、2014-2015シーズンもチャンピオンズリーグで決勝進出を果たしている。

また、ジュゼッペ・マロッタ氏が2010年からユヴェントスのトップを務めており、トップマネジメントに変化はなかったはずである。
そして、2016年度のユヴェントスは、売上高・営業利益・企業価値のいずれにおいても2010年以降で最高だった年でもある。*Forbesデータ

この「絶好調」なタイミングで、ユヴェントスはリブランディングをする意思決定を行ったのである。この点が個人的にはスゴイことであると思っている。

人間というものは、基本的に変化を嫌う生き物であり、調子が良い時や物事がうまく進んでいる時は、なおさら何かを変えたりすることを避ける性質があると思っている。好調な時には大きな変化をすることは避けたいという思考が生まれてくる中で、それを個人単位ではなく、個人の集合体である組織という単位となると、さらに意思決定が難しくなることは想像に難くないだろう。それをユヴェントスは実行したのである。

大きな組織の中でブランディングの意思決定の場に日々直面している自分の考えでは、このタイミングでユヴェントスが意思決定をできた要因は、

1.  ブランディングに対してトップマネジメントの理解が深かったこと
2.  ユヴェントスブランドに対する何らかの課題意識がトップマネジメント間でしっかりと共有され、共通理解を持てていたこと


ではないかと想像している。
このリブランディングがトップマネジメントの中でのボトムアップ型での提案なのか、トップダウンによるものなのかは分からないが、いずれにしてもこのタイミングで意思決定をしたユヴェントスはスゴイと感じている。


なぜこの新しいロゴに「Goサインを出した」ことがスゴイのか?

説明するまでもないと思うが、ユヴェントスの前のロゴと新しいロゴを見ると驚くほどの変化を遂げている。これは、修正や変化といったレベルではなく、「変貌」「進化」という言葉の方がしっくり来る。

自分は、この変貌、進化を遂げたロゴに最終的にGoサインを出したという事実がほんとうにスゴイことだと思っている

またまた人間の本質や性質的な話になるが、「人間というものは足し算を好み、引き算を恐れる生き物である」と自分は考えている。また、別の言い方をするならば「人間は余白を恐れる生き物である」と考えている。

ユヴェントスの2つのロゴを比較すると、新たなロゴはその人間が恐れる引き算を大胆なまでに行い、自ら意図的に余白を創り出しているのである。
しかも、この大胆さというものが、「fearless (勇敢な、恐れを知らぬ) 」というユヴェントスのDNAでありパーソナリティを見事に体現していることにもスゴさを感じている。

ビジネスの場面でよくあるのが、最初の段階では面白くて尖ったアイデアも、様々な会議を経て上に上がっていくにつれて、どんどんアイデアの角が削られ、最終的にそのアイデアが世に出ていく時にはだいぶと丸くなり、面白みもクソもないものになってしまうというものである。

勝手な想像だが、今回のユヴェントスの新たなロゴアイデアは、その角が削られることなく最後まで到達し、世に出たという印象を受ける。この新たなロゴにGoサインを出すという意思決定をできた要因は、

1.  トップマネジメントがデザインというものを理解していたこと
2.  トップマネジメントに相当な覚悟があったこと


だと思っている。デザインに対する理解の面では、イタリアという土壌が少なからずプラスに働いたのではないかと思っている。覚悟という面では、これほどの変化を伴う意思決定は、OBやサポーター、メディアなどの外部からの相当な批判や圧力がかかることは容易に想像できる。普通なら怖気づいて怯んでしまいそうだが、ユヴェントスのマネジメント陣は相当な覚悟を持っていたのだろうと想像している。

つい先日、世界的ビッククラブであるスペインのFCバルセロナが同様にクレスト (ロゴ) の変更を発表した。そのビフォーアフターは以下である。

そう、、、ほとんど変わっていない。
さらに面白いことに、発表後に開催されたFCバルセロナの総会において、一部のメンバーからこの新たなロゴアイデアに対して「FCB」が消えることへの反対の声が上がり、ボードメンバーの長が新たなロゴに対する投票を延期したとの記事が出ている。*参照記事

たったこれだけの「マイナーチェンジ」でさえ、反対の声が上がり、投票が延期される事態になるのである。ただ、FCバルセロナのこの事例が異常なのではなく、こちらの方が普通であり、企業のブランディングにおいても見られる一般的な反応である。
このFCバルセロナの例を見ると、ユヴェントスの今回の意思決定がどれだけスゴイことなのか少し肌感覚として分かっていただけるのではないだろうか。



最後に

「ブランディング」という言葉は、とても使い勝手のいい言葉であると普段仕事をしていて感じる。「イノベーション」と同じで定義が曖昧で、その言葉を使っておけばそれらしく聞こえる言葉であるため、使い勝手がいいのである。

ただ、今回のブログから少しでも感じてもらえると嬉しいが、ブランディングは相当な覚悟がないとできないことであると理解してもらえたら幸いである。ブランディングはマーケティングと違って、より定性的で情緒的な性格を持っており、マーケティングとはまた別の難しさがある。そのため、マーケティングのスキルセットやマインドのままではブランディングをすることは難しい。

最近の日本のスポーツ界においては、マーケティングという言葉はよく聞くようになってきているが、ブランディングはまだまだ未発達の領域であると感じているので、少しでも自分がその領域の開拓に貢献できればと思っている。


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