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「前提を揃える」というビジネスマンに必要不可欠なスキルについて

今朝なんとなくTwitterを見ていたときに、sem_masterさんのツイートが流れてきた。

「“意見”と“人格”を同一視しないスタンス」は私自身も大切なものと捉えている。そして、こうしたコミュニケーションの前提が揃っていないと、嫉妬や反発が生まれ、少しずつ組織が崩壊し始める。

ただ、こうした内容がツイートとして流れてきたとき、僕らは「そうだよな」「指摘をした/された場合でも、こうしたスタンスを取りたいな」と、その場では理解できたつもりになる

けれども、実際に生身の人間と相対して厳しい指摘をする/されてしまうと、「あー、、やっぱり自分の人間性や先天的な素養がダメなのか。。」と思い込み、気持ちが塞ぎがちになってしまうのが人間のサガであるとも感じる。

加えて、普段から先天的な要素を理由に人を貶さない、ジェンダー的な差別をしない人でない限り、肝心なフィードバックのときだけ良い顔をしたところで、やはり信用されないという面もある。(これは澤山さんのツイートで気付かされた)

「前提を揃える」というコミュニケーションの大切さ

自分がどのようにしてメンバーや人と接しているかを考えたときに、「前提を揃える」というコミュニケーションに普段から取り組んでいることに気付いた。

たとえば、責任感が強いメンバーをマネジメントするときに、シンプルに業務内容の指摘や改善を促すと「あー、自分には素質がないから注意されるんだ」と当人が過度に落ち込んでしまうことは少なくない。

こうしたことを防ぐためにも、「“意見”と“人格”を同一視しないスタンス」を会話の冒頭で必ず説明してから話し始めること1on1や飲み会などの場で「自分のコミュニケーションスタンス」を明確にしておくことは、それぞれ欠かせない取り組みであるように思える。

前に「コトにあたる」というnoteでも触れた内容であるが、こうしたビジネスマネジメントは数ヶ月/数年おきにぶり返されるテーマとなっており、マネジメントやチーム力の底上げに取り組む際には、「コトにあたるスタンス」をこまめに説明する必要があると思い直した次第である。

「前提を揃えられない人」が辿る悲惨な運命

ただし、これはジュニアやメンバーレイヤーが対象であれば指導の対象になるものの、プロフェッショナル同士のコミュニケーションの場であると、こうした指摘は億劫な限りという現実がある

えとみほさんのツイートにもある通り、「次回以降は間違いを指摘しづらくなる」というのは本当にそうで、これが育成対象ならまだしも、業務委託の関係であったり、提携して業務を遂行するような相手であったりすると、知らずに知らずのうちに距離を開けられてしまったり、あえて矯正を促すことを避けられたりするであろう。

そのため、互いのコミュニケーションスタンスを揃えることは欠かさずに取り組むべきであり、そこに人格と業務(意見)を分離して対話できることが、事業を成長させるうえでは欠かせないように思える。

何事も決めつけずに「対話」を心がける姿勢

今回綴ってみた内容はビジネス現場でよくあることであるが、人生のさまざまな面でこうした「決めつけ」や「思い込み」が引き金となり、コミュニケーション面で問題を抱えてしまうケースは少なくない。

恋人関係や夫婦関係において生じる「言った言わない問題」「○○だと思っていたのに」「ずっと信じていたのに…!」といったフレーズが飛び交うシーンは、決して映画やドラマの中だけにとどまらず、リアルな人間関係でも頻繁に巻き起こっているように思える。

また、友人関係においても、お金の貸し借りやスケジューリングの調整、時間の過ごし方において前提が揃っておらず、人間関係に亀裂が生じるケースも少なくない。

とっちらかったコミュニケーションによって、喧嘩や仲違いの現場に居合わせてしまった人は、世の中ゴマンといるだろう。

自分自身への戒めでもあるが、何事も自分勝手に決めつけず、常に「対話」を心がたい限りである

※アイキャッチはスタミさんの写真をSnapmartで購入しました。

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