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短編小説 今度はあの花畑へ

気付くと、私は岸辺に立っていた。向こう岸には綺麗なお花畑、人影がゆらゆらと揺れる。そよ風の誘い、断る理由など何もない。歩き出す私、そんな私の手を懐かしい感触の小さな手が強く引き戻そうとする。振り向くと、そこには私の手を強く握りながら左右に首を振る女の子の姿が。手を離すよう話し掛ける私に、その子は静かにこう言うのだった。「あっちに行っちゃだめ」と。

それからどのくらい経ったのだろう。私は意識を取り戻した。重症だったらしく、家族には覚悟していことを後から聞かされた。

あれから長い年月が過ぎたある日のこと。
年末の大掃除をしていた折、押し入れの奥に一冊のアルバムを見つけた。私のものではないことは、その古さや存在感から分かった。開いてみると、途端ひとりの女の子に釘付けになった。この子、「まだ行っちゃだめ」と言ったあの子ではないか。書かれている名前を見てさらに驚いた。私が産まれて間も無く亡くなったという祖母の名前が書かれているのである。「おばあちゃん…」写真に中で微笑む幼き祖母の姿に自然涙が溢れ出すのだった。
あの世の有る無しは私には分からないし興味もない。しかし、あの出来事は私の中では事実であり、祖母が私を引き戻そうとしなかったら、きっと私は既にこの世にはいなかっただろう。

おばあちゃん ありがとう

私の心に光明が射し込んでいる。
最近の私は無気力でだらけた生き方になっていて、私自身嫌気がさしている。こんな私の姿を祖母が見たらどう思うだろうか。悲しむだろうな…大きなため息が漏れる。祖母が救ってくれたこの命、ちゃんと大切にしなければ。
いずれ来るその時に、また会えるだろうか。もし会うことが出来たなら、今度はあのお花畑に連れて行ってもらおうと思う。
そう おばあちゃんと手繋いで。

おばあちゃん
それまで私 ちゃんと生きるからね

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