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Vol.11 『しじみ汁と祖母』

5月、早朝、腹痛がひどいと病院に連れて行かれた祖母(当時86歳)。検査の結果、総胆管結石と胆管がん、肝臓への転移(ステージ4)が見つかった。それまで元気に一人暮らしをしていた祖母は、内視鏡で胆石を取ってもらうと、すぐ元気になった。

医師から息子である義父に病状説明があり、「高齢で転移もある状況だから、何も治療をしないのがベストです」と言われ、祖母はそのまま退院してきた。義父の希望で本人への告知はされないままの退院だった。

 我が家は祖母を合わせて7人家族。祖母の息子夫婦、孫夫婦、ひ孫2人で暮らす4世代家族だ。私にとっては義理の祖母になるが、病院務めをしていることで、ちょっと頼りにされていた。祖母と義母は昔から不仲だったようだが、孫嫁の私のことはとても可愛がってくれた。

 告知されていない祖母は、入院前のように自由な生活を望んでいたが、いちいち義父に止められるので、時々愚痴をこぼしていた。義父は最後まで、告知しないつもりだったようだが、ある日、言うことをきかない祖母に腹を立てた義父が「お前は癌なんだよ!だから大人しくしていろ!」と怒鳴る形で告知をしてしまった。

告知された祖母は、予想通りしょんぼりしてしまった。それまで健康が売りだと思っていた祖母は「なぜ私が癌になってしまったんだろう。あれもこれも気をつけていたのに・・・」と研究者のように癌の原因を探る日々が続いた。

 病気の診断から3か月くらいは大きな症状もなく過ごしていた。病気を受容したのか、祖母は自ら身辺整理を始めた。箪笥にしまっていた着物を娘に分けたり、世話になった人に譲ったりした。最後の梅干し作りは私とひ孫も手伝った。ひ孫である私の娘は、当時3歳だったのに、未だに祖母の梅干しが一番だと話している。祖母が「最後の願い」を叶えた期間だった。告知のメリットをしみじみと感じた期間だった。まだ元気な時、祖母と私しかいない食卓で「この先、動けなくなってきたらどうしたい?」と聞いてみた。少し考えて「入院だろうね」と言った。「家にいたいと思う?」と聞いたら「そりゃあね」と小さく答えた

 9月頃から体調が変化しだした。腹痛が続き、食欲がなくなった。トイレから何十分も出て来ないことが続いた。いつも寒気を訴えていた。外来受診では気休めの小さい点滴をするだけで衰弱が進んだ。私が医師にお願いをして貼るタイプの麻薬を処方してもらった。電子レンジで温めるホットパックを渡すと喜んでいた。食事は全く食べないのに、熱々のしじみ汁だけは「あったまる~」と喜んで飲んでいた。

 義父に断ってから、介護認定を受けるために地域包括支援センターに来てもらった。ちゃんと義父に相談していなかったが、在宅診療を頼んで自宅で最期を迎えられる準備をしようと思った。仕事上、そうやって最期を迎えた人をたくさん知っていたから。でも地域包括の人が帰った直後、義父は「介護保険って何をしてもらえるんだ?訪問入浴?そんなに悪くなったら入院しないとダメだろう?」と私に言った。

 1日のほとんどを寝て過ごすようになっても、祖母は時々ひ孫と遊んでいた。かなり体調が悪いはずなのに、ベッドに腰掛けて孫とサッカーをしていた時、「これが在宅介護と病院の違いだよね」と思った。

 とうとうトイレに歩くのも酷くなって、義父がポータブルトイレを購入してきた。”介護を受ける程の病状になったら入院”と思っていた義父は、介護調査を断っていた。食卓でしじみ汁を飲んだ後、祖母はめまいのために動けなくなった。ベッドまで運び、慌てる私たちに「静かにして!今、私死ぬところなのよ。私、いろんな人の最期を見てきたから分かるのよ!」と言った。青ざめる義父達の横で、私だけが吹き出しそうになった。

 さて、オムツの準備をしていないのに、祖母が動けなくなってしまった。焦った私は、なぜかオムツの準備ではなく病院受診を提案してしまった。祖母は救急車でかかりつけに行くことになり、私は初めて救急車に同乗した。祖母はそのまま入院になった。めまいの原因は、低血糖と、私が麻薬テープを一日早く交換してしまったためだった。ホットパックが麻薬を温めたのもおそらく効きすぎた原因だ。「家で最期を送らせたい」と思っていた私自身の失敗で祖母が入院することになってしまった。悔しくて涙が出た。

 入院から1ヶ月後、祖母は他界した。自宅で「今、死ぬところ」と言った後もちゃんと会話ができた。自宅と違い、白い壁に囲まれた小さな病室は、無機質で寂しくて、ひ孫達もそばにいなくて、やっぱり最期を迎える部屋じゃないなと私は思っていた。面会時間を過ぎた後、一人置いて行かれる祖母は何を考えて夜を過ごしていたんだろう。自宅なら、家族が手を握って眠ることもできるのに。ついこの前まで、ひ孫とサッカーしてたのに。自宅なら最期までしじみ汁作ってあげられたのに。

 私は仕事上、いろいろな終末期の患者さんに関わっている。私一人の力ではどうにもできないけれど、患者さんはやっぱり自宅で最期を迎えるのが幸せなんじゃないかと思い、本心や帰る方法を探りたくなってしまう。こんな経験をさせてくれた祖母には、陳謝と感謝の気持ちでいっぱいだ。

(きゅうりさん:38歳)

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