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謎だらけの外相解任の裏で中国外交への影響は僅かという不思議

富坂聰(拓殖大学海外事情研究所 教授)

 一カ月ほど動静が伝えられなかった秦剛外交部長が解任された。全国人民代表大会常務委員会が決定。国営新華社通信が伝えた。 

 理由は健康というだけで詳細は明らかにされていない。もちろん、これを額面通りに受け取る者はいない。

 周囲が羨むスピード出世から習近平国家主席の鶴の一声で外相に抜擢され、わずか半年ほどで解任されたのだ。

 秦の解任には内外から強い関心が寄せられ、定例会見では外交部報道官が質問攻めにされた。ネットにはそれ以上の多種多様な疑惑が飛び交っている。

 まずは女性問題だ。台湾紙が詳しく書いたように香港「鳳凰(フェニックス)テレビ」の有名キャスターとの不倫疑惑だ。この話題はメディアが取り上げる以前からSNSに情報があふれ、女性やその子供の写真まで晒されるほど沸騰していた。キャスターは北京語言大学出身の才媛だ。

 次に内部闘争説だ。ほぼ拍付けのような駐米大使就任や全国人民代表大会を待たずに外相に就くなど、その異例づくめの大抜擢には批判が出ていたとも伝えられる。

 本人には自信過剰な面もあり、報道官時代には外国の報道陣を前に自らの経歴を長々と自慢し、記者たちを唖然とさせたエピソードもある。思い出されるのは外相人事だ。当初、王毅外相が推した馬朝旭(現外交副部長)が本命視されていた。それだけに「内部闘争」に解任理由を求める考えには一定の説得力もある。

 だが女性問題にせよ内部の嫉妬にせよ、外相を中途半端な時期に交代させる動機になるかといえば疑問も残る。秦は習近平の覚えもめでたく、解任すればトップの不興をかうのであれば当然だ。

 そもそも女性問題ならば懲罰的降格で済まされた官僚も少なくない。外相を降格させるといった見栄えの悪いことをするくらいなら、隠そうとする方が中国らしい対応だ。

 気になるのは秦が表舞台から姿を消して処分が下るまでの時間だ。一カ月は長いのか短いのか。重大な規律違反に絡み厳しく調査したのではあれば一カ月は短い。単純に女性問題を調べる程度ならば一カ月は長過ぎる。

 その視点からネット上にある疑惑をあらためて眺めてみると、やはり引っかかるのは情報漏洩疑惑だ。具体的な内容が伝えられていない段階では単なる憶測だ。国務委員の職が解かれていないのも不思議だ。しかし、もし情報漏洩などの問題を疑われたならば、共産党が嫌う「不光彩」な解任劇であろうと習近平人事に味噌をつけるといったハードルも、もはや関係ない。

 とくにそこに少しでもアメリカの影がちらつけばなおさらだ。

 中国は目下、バイデン政権との良好な関係を求めつつも、その一方で最大限の警戒をアメリカに向けている。なかでも中国が神経質になっているのがNPOやNGOの存在だ。中国はアメリカが「非民主的」と断じる国に仕掛けるカラー革命を極度に恐れているが、それを背後で動かしているのがNPOやNGOだと考えているからだ。

 ここ数年、中国が反スパイ法など国家安全保障に絡む法律を強化してきたのは、国の別動隊として動くNPOやNGOなどの組織をきちんと取り締まるためでもある。

 もし秦の解任の裏に、そうした組織との接点が浮かび上がったのだとしたら重大だ。

 噂の中には、長らく女性問題で苦しんできた秦夫人の親族の堪忍袋が切れ、秦が隠してきたさまざまなプライベートな問題を告発したという説もある。

 今後の動きで注目されるのは党内の処分がどうなるのか、である。刑事事件に絡むのであれば党籍のはく奪という流れになる。

 ただその場合にも「重大な経済事件」というそっけない説明だけで済ませる可能性は小さくないだろう。

 不思議なのは外相がこんな形で解任されても中国外交に与える影響はほとんどないという事実だ。