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山里亮太著『天才はあきらめた』

「その怒りのこぶしは日本の政治にぶつけてください」
 
これは南海キャンディーズの漫才で、ボケたしずちゃんに対する山里亮太のツッコミだ。
ボケに対してなじるでもなく、かといってオーソドックスなツッコミでもない。あえて急所を外すような言葉の魔術。かつて、こんなツッコミをした漫才師がいただろうか。
 

紛う方なき天才、山里亮太が上梓した『天才はあきらめた』。
2006年に発売された『天才になりたい』を大改稿し、2018年に文庫化されたのが本作である。
 
こんなことを言うと山ちゃんに怒られてしまうかもしれないが、本作との出会いは、オードリー若林が担当した解説を読みたくて購入したのがきっかけだった。
でも、本文を読み進めていくうちに、著者の軽快な文体に引き込まれ、かつ心のうちに渦巻く嫉妬の炎をメラメラと燃やすその様に魅力を感じ始めた。それは、誰よりも努力を続けた一人の漫才師の生き様でもあった。

 
1977年千葉に生まれ、高校時代に「とにかくモテたい!」という理由でお笑い芸人を目指し、大学入学を機に関西へ。吉本の芸人養成所であるNSCに入り、同期で当時破竹の勢いだったキングコングを嫉妬の対象とし、努力を積み重ねていく。

足軽エンペラーというコンビを組み、当時放送されていたお笑いオーディション番組への出演を決め見事優勝、単独ライブも開催できた。しかし、山里のストイックすぎるお笑いへの姿勢に、次第に相方が追い込まれ解散。
そして、しばらくピンとして活動していた山里の前に、あの人物が姿を現す。

僕の中では、男女コンビとは言っているが、女性の方には、女とか男とか意識させないような、何か特殊な女の人が理想と考えていた。そんな人はいるのだろうか?と思っていたが、いた……。
身長180センチ超え、もそもそとしゃべる姿は大型の動物が食事をしているようなイメージだった。これしかない! 心から思った。
その相手がしずちゃんだった。

山里亮太『天才はあきらめた』朝日文庫(2018年)122ページ

すでに違うコンビを組んでいたしずちゃんを相方として口説き落とすまでの過程は、ぜひ本作を読んでみてほしい。僕はこれを読んだ時、腹を抱えて笑ったのと同時に、山ちゃんの芸人としての現在地に不思議と納得できた。お笑いへの熱はこの時も今も、なんら変わっていないのだ。
 
晴れて南海キャンディーズを結成、2004年にM-1グランプリで準優勝を果たし大ブレイク。
しかし、世間の目がしずちゃんに向けられていることが気に食わなかったようで、嫉妬の対象をしずちゃんに合わせた山ちゃんの大人げなさ満載の(※褒め言葉です)行動や心境も、とても面白く読むことができる。
 
地上波でのブレイク、南海キャンディーズとしての大躍進、そして若林とコンビを組んだたりないふたりでの新たなステージ。
そのどれもに、それぞれ嫉妬の対象があった。だからこそ、山ちゃんは途方もない努力を続けてこられた。本作ではその嫉妬を燃料にして大きく燃え上がった炎をまとって猪突猛進する山ちゃんや、時にはずる賢さも発揮してつい嫌味を言ってしまう人間味あふれる山ちゃんも目にすることができる。


本作を読み終えた時、読者は山ちゃんの一挙手一投足に愛しさを覚えたことだろう。まさに彼自身の芸風が色濃く出た一冊といっていい。

でもやっぱり僕は天才にはなれない。でも、この事実をあきらめる材料にするのではなく、目的のために受け入れ、他人の思いを感じて正しい努力ができたとき、憧れの天才になれるチャンスがもらえる。
(中略)
それでも、もし力が出なくなったときには、こんな偉そうに書いた本を退路に突き立ててもう一度頑張ります。

山里亮太『天才はあきらめた』朝日文庫(2018年)232ページ


本記事冒頭のツッコミをテレビで観て、若林はその衝撃に吹っ飛んだという。そう、誰がどう見ても、山里亮太という男は天才なのだ。

本人の性格上、“天才”という冠は嫌うだろうが、それもいい。本作を読み終わった今、天才をあきらめることは著者にとって決してネガティブな意味ではなかったとさえ思える。努力は天才に勝る。それを地で行く山ちゃんが、僕はたまらなく好きなのだ。


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