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農業ベンチャーでのお話【3】:トマトの収獲と色彩感覚の個人差

晴れて農園の作業スタッフとして採用された私。
私のほかに、同期で採用された2名の女性スタッフ(Aさん、Fさん)と、大卒後間もない男性社員(Sくん)、社長を加えた5人で当面は作業をしていくことになった。

社長以外はみな、完全な農業初心者。
社長自身も他の農家での研修は受けた事があるのだが、この農場での作業は1年目。

各作業の前には、社長からおおまかな手順を習い、実際に現場で確認しながら進めるスタイルとなった。


トマトの収穫作業

初めての作業は、トマトの収獲作業だった。

アルミ製の台車に、深さ20cmくらいの平たいコンテナを3つ載せ、通路を押し進めながら果実を摘んでいく作業。

社長:『赤く色づいたトマトだけを採ってください』
はい、と大きく返事はしたものの、、、
実際に房についている果実は、黄緑~オレンジ~黒光りするほどの赤まで、絶妙なグラデーションになっている。
それに、光の当たり具合で色の見え方は変わる。。

横に並んで一緒に作業していたスタッフのAさんと
【赤いって、どれくらいの赤さなんだろう?】
【未熟な果実を採って、怒られたらどうしよう、、】

と困惑し、しまいには二人とも手が止まってしまった。。

ただ赤いトマトを採るだけなのに、、、

完熟での収穫を謳い、kg単価1000円での高価格帯での販売。
お客様へ販売する大事な商品。
未熟なものを収獲して、クレームになってはいけないと、急に緊張して手が震えた。

生産者側に立って初めて、トマトの果実1つ1つを、まじまじと見ることになった。

混乱し、時間だけが過ぎていく。
手を止めている時間に比例し膨らむ、時給泥棒という罪悪感。

私は、融通の利かないやつだと、思われるのを覚悟して、社長のところへ相談に行った。

オレンジから、どす黒いほどの真っ赤になった果実を几帳面にテーブルに並べ、【どれが赤い果実なのか】を確認してもらった。

実際、【社長の思う赤い果実】と【私が思う赤い果実】には大きな差があった。

その後、【社長の思う赤い果実】の写真を撮り、携帯出来るサイズにプリントアウトしたもの(収穫カラーチャート)を作成し、各自、収獲の際に参照できるようにした。

それからはAさんも私も、自信をもってトマトの収獲作業を進められるようになった。


感覚の個人差

今回のお話は、自分の感覚が、ほかの人の感覚と同じではないことをリアルに感じた一件です。

【色彩感覚】だけではなく、【おいしい】とか【酸っぱい】という【味覚】も個人差が大きく、社内で議論になることが非常に多かったです。

特に【おいしいトマト】と銘打ってネット販売していたので、『今日のトマトを私はおいしいと思わない!』と言って、何度社長を困らせたことか。。

【世の中の全ての人間がおいしいと思う食べ物】なんてありえないと、今は素直に思うのですが、、
当時の自分は、必死に努力すれば理想のおいしいトマトを生み出せるはずだと、純粋に信じていました。。


感覚が異なる人達が集まって作業をするとき、【何度も基準をすり合わせすることが大事】だと思います。

価値観や感覚の違いによるすれ違いにより、ほんの一瞬で険悪な雰囲気になってしまうのを、この後たくさん経験しました。

せっかく同じ志を持って集まったのに、、
今は、違いを否定するのではなく、理解した上でどうやって進めるかを考えることが大事だなぁと実感しています。。


栽培施設の概要について

1反の鉄骨ハウスの中には15レーンのトマトが植えられていました。

土耕栽培(地面を耕して直接苗を植える方法)ではなく、特殊なプランターによる栽培です。
培養土を入れたプランターを縦に連結したレーン(畝)は、ハウス同様、東西に長く伸びています。

トマトの苗は、このプランターに一定の間隔で植えられていて、苗の両サイドに潅水用のチューブが設置されています。
チューブの末端は潅水機と呼ばれる装置に接続されていて、日射量やタイマーで自動的に電力を用いた給液(水や肥料養液を作物に与えること)ができるような仕様です。

各レーンの上方には、70cm程度の幅をあけて2本ずつ、金属製のワイヤーが天井付近(地表からは230cmくらい)に張られています。
このワイヤーに誘引紐と呼ばれる白い紐を垂直にぶら下げ、にょろにょろと上に伸びてくるトマトの茎を固定して、樹を中空に支えて育てます。

各レーンの間(プランター間の通路)は1mくらいありますが、葉っぱが通路に向かって大きく迫り出してくるので、通るたび、両サイドに植えられたトマトの葉が肩に当たり、ゆらゆらと樹が揺れるといった感じです。

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