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フライフィッシングを教えるということ

『FlyFisher』2012年12月号掲載

友人とよく釣りに出かけるが、フライフィッシング歴は僕のほうが長い。しかし教えたことはあまりない。友人として、ことさらセンパイ面するのも気が引けるからだ。相手のプライドを慮ってのことである。自分が釣れるままのほうがその優越感に浸れるからでは決してない。念のため。
 しかし友人がまったく釣れないというのも不憫である。やはりここは心を鬼にして指導したほうが後々彼のためにも良いのではないかと考える。

 「教える」というのは難しい。ことフライフィッシングに関しては釣れないことのほうが多いので成長は鈍い。何が正解なのかがすぐにはわかりにくいのである。
 指導方法に関してよい参考書はないものかと過去に読んだ本を思い返すと、熊谷達也の直木賞受賞作『邂逅の森』が頭に浮かんだ。

 大正時代、秋田マタギの青年である富治が猟師組の頭領のもと、マタギとしてのオキテ、技術、生き方、そして人生を学んでゆく話だ。富治の恋愛(というか性愛)が原因で村を追われるなど、大正マタギノワールといもいうべき内容である。ヒロイン文枝の夜這いOKのサインが出るまで遠く離れた村を毎日往復するなど、富治のエロエロぶりを友人に重ねるとピタリときて参考書としては申し分ない。
 しかし、いかんせん僕が頭領役を引き受ける程の技術や精神性を持ち合わせておらず残念ながら参考には至らなかった。

 すこし角度を変え、ビジネスの分野、人材教育の点から考えてみる。育成関連のビジネス書でちょくちょく出てくるのが、かの連合艦隊司令長官の山本五十六の言葉。

「やってみせ、いって聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」

やってみせ、いって聞かせて、させてみて、まではできるのだが褒めるのは難しい。だいたい僕でさえ褒めるポイントが分かってないのだ。逆にこっちが褒めてもらいたいくらいだ。
 そう、逆だ。逆転の発想。褒めることができないのなら、逆に徹底的に罵倒するスパルタ方式だ。参考になるものはすぐ頭に浮かんだ。スタンリー・キューブリック監督の映画『フルメタル・ジャケット』だ。
 この映画は2部構成になっており、特にベトナム戦争時、アメリカの海兵隊訓練キャンプでの新兵訓練を描く第1部は映画史に残る傑作である。
 リー・アーメイ演じる訓練教官の下品極まりない罵倒語の数々。あまりに卑猥すぎて本誌では紹介できないくらい酷い言葉の連続なのだが、この新兵訓練は徹底した罵倒と体罰、そして規律により新兵の人格を全否定していく。そうして新兵たちの人格を一旦白紙にし、そこに海兵隊として、殺人マシーンとしての精神を植え付けていく。映画はまったく軍人には向いてない穏やかな訓練生レナードが厳しい訓練の末に人格が崩壊していくという、軍隊の狂気の一面を描いた物語だ。

これだ。褒め言葉は思い浮かばないが、なぜか罵倒する言葉は湯水のごとく湧いてくる。

「なんだそのキャストは!お前の母ちゃんの布団たたきのほうが手首のスナップが効いているぞ!」

「一体全体そのフライのドリフトはなんだ!犬でも散歩しているつもりか!」

「あのポイントでナチュラルドリフトできるまで、足腰立たなくなるまでキャストしろ!今日は泣いたり笑ったりできなくしてやる!」

※あと50くらいは言葉が思いついたが、字数の限りもあるので割愛させて頂く

ちょっと待て、これでは友人の釣果を上げるよりも、友人の人格を崩壊するほうが簡単にできてしまいそうだ。やはり隣でお手本のキャストをしてフライを流すのが手っ取り早い。結局「やってみせ」である。

そして先日、実際に川に立ってお手本を示した。
 果たして、友人のフライに魚が出た。
僕は一言「な?ナチュラルで流すと釣れるだろ」
指導の快感ここにあり。
やはり釣りに行くなら友人と一緒が一番である。

『邂逅の森』 
熊谷達也/著 文春文庫
886円 ISBN:978-4-16-772401-6

『フルメタル・ジャケット』
1987年 アメリカ/イギリス
監督:スタンリー・キューブリック 
出演:マシュー・モディーン、ヴィンセント・ドノフリオ、R・リー・アーメイ


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