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夜光虫


 赤潮の原因となるプランクトンには夜になると光るものがあるらしい。日中は忌み嫌われ、据えた臭いをするプランクトンが夜になると美しく青白く発光する。そして彼らの光は熱を発さない冷たい光だ。

 薄暗い部屋の中で、パソコンの青褪めた冷たいディスプレイに齧りついている。ふと自分が夜光虫になった気分で惨憺だ。大学2年の夏休み、ついうっかり昼夜逆転してしまい18時に目を覚ます生活をしていた。
 
 原付バイクで、深夜に当てもなく彷徨ったり、誰もが寝静まった時間に月明かりの下でお酒を煽ったりするのは本当に愉しかった。まるで世界の時間が優しくなったようだった。田舎の道路に人はおらず、車も滅多に走ってこない。ただただ少ない街灯青白い光を目蓋を濡らしていた。そんな柔らかい時間を自分だけが、あたかも一人占めしている気がして、とても心が高揚したのを覚えている。基本的に人が寝静まった夜のほうが生活は面白いのだ。

 しかして、社会は夜に生きる人間に向いているように基本的に作られていない。自然の摂理からして日中に働くほうが生産性が高いのだろうから当然のことだ。生きるためには、どうしても他人に歩幅を合わせることが必要になる。そうなると昼夜逆転が苦しくなってくる。なんだか空っぽな世界に取り残されているような気がして焦燥感を感じてしまう。夜に光る人間だからこそ悩みはつきものなのかもしれない。

 夜光虫の光は、炎のような物理的な光と違って、ちっぽけな薄い光だ。しかも直ぐに消えてしまう儚い光だ。それでもその光が心に残ることがある。冷たい光だって、光であること違いはない。

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