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【読書日記】3/19 住めば都。「泣くな道真 大宰府の詩/澤田瞳子」

泣くな道真 大宰府の詩
澤田瞳子 著 集英社

 春ですね。異動発表なども行われ、遠隔地への転勤の方も多いのではないでしょうか。
 中には不本意な異動の場合もあるでしょうが、アフリカのことわざにも「バッファローに追われて木のてっぺんに登るはめになったら景色を楽しみなさい」と言います。気持ちを上手に切り替えてみれば新たな発見があるかもしれません。

さて、歴史上の人物で不本意な異動にあった人の中でも大物は菅原道真公でしょうか。
藤原氏の系列でなくして右大臣にまで上り詰めた学者政治家ですが、藤原時平との争いの挙句失脚し大宰府権帥に任ぜられます。
こちらは異動というより流罪に近いので不本意なのは当然ですが、その数年後に亡くなり、雷神となり、都を震撼させたのは有名な話です。

大宰府での生活を「不出門」などの詩に表していますが、大宰府がどのような都市でありどのように過ごしたかなどはあまり歴史の授業でも触れない部分です。
本書は、その大宰府での道真の暮らしを描いた物語です。大宰府の政務、地方財政や帳簿、中央と地方の軋轢、外国との交易など興味深いことも多く描かれていて、以前に太宰府天満宮にお参りに行ったことがありますが、また、新たな視点で訪れてみたくなりました。

「遠の都」と謳われた筑紫国大宰府。

「西海道の総督府たる大宰府は、管轄下にある九国三島の行政吏務を始め、外国商船がもたらす交易品の管理、外国使節の接待などを務める国の玄関口」です。

この地を実質的に治める太宰大弐・小野葛絃は、中央から来た官吏にしては珍しく大宰府という街をこよなく愛する穏やかな人物です。
大宰府に到着後、あまりにも心身ともに荒んでいる道真を心配し、その勤務態度から「うたたね殿」と揶揄される龍野保積にご機嫌伺いに行かせます。

そこから、ひょんなことから道真は、今まで都で培った知識や眼力をもって外国から渡ってくる商品の目利きとして博多の商人たちと渡り合うようになります。

また、都で右大臣としてなんでも把握しているつもりになっていたにもかかわらず地方や人民の実態を何も知らなかったことなどにも気付き、道真は少しずつ変わっていきます。

その姿に、龍野保積や、小野葛絃の甥である小野葛根や姪の小野怗子もまた影響されて変わり始めます。
この小野怗子さんが魅力的。内裏で女房勤めをし、伯父や兄を頼って大宰府にきた有能で歌の才のあるあでやかな美女なのです。彼女の言動にも注目です。

そして、大宰府で起こった大事件をどう納めるか、道真の腕の見せ所です。
道真が、決意を固め、自らの転換点に立つ場面が印象的です。

人は置かれた場所で生きねばならない。哀しみに沈み、悲嘆にくれるのもそれはそれで一つの生き方、さりながらただ我が身を嘆き、他人を恨んでも、そこからもたらされるものなど何もなかろう。
 いつぞや詠んだ己の歌がふと脳裏によみがえった。
 海人のすむ 浦こぐ舟の かぢをなみ 世をうみわたる 我ぞ悲しき
 いや違う。楫を失ってあてなく海をさまよいだしたのなら、船縁の板を剝がしてでも楫を拵えれば良いのだ。世を恨みつつ渡るか、楽しんで渡るか、それはすべて自分の腹積もり次第。

泣くな道真 より

明日からの仕事にあたり、私も強くなろう、と思えてきます。

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