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1964年のマイルス・デイヴィス・クインテット

数日前、名古屋のスウィングというジャズ・クラブで、トランペットの松島啓之さんをリーダーとするクインテットの演奏を楽しんだ。メンバーは他にドラム倉田大輔さん、ベース島田剛さん、ピアノ後藤浩二さん、テナーサックス横原由梨子さん(当日松島さんがメンバー紹介した順)。リーダーの松島さんいわくトランペットとテナーのフロントは王道の組み合わせだと。

確かにその通りで、私が好きなジャズ・コンボを思い起こせば、1960年代中期のマイルス・デイヴィス・クインテット、1960年代前半のアート・ブレイキー・アンド・ジャズ・メッセンジャーズ、両方ともその組み合わせで、しかもテナーサックスは両コンボともウェイン・ショーターである。

特にマイルス・デイヴィスの1960年代のクインテットは、私が4ビートのジャズを本格的に好きになる入口になったコンボであったことを思い出した。

そのきっかけは私が大学生だった1980年代前半に何かで読んだ村上龍と村上春樹の対談である。その対談で村上龍が最近(当時)よく聴いているのが1964年にマイルス・デイヴィス・クインテットが残した3枚のライヴ・アルバム、「フォー・アンド・モア」「マイルス・イン・トーキョー」「マイルス・イン・ベルリン」であり、その演奏の焦燥感というか苛立ち感のようなものが当時の時世に響くような感じがすると言うのだった。そしてウェイン・ショーターが良かったのはこの頃までで、それ以後は臭みのようなものが出てしまうとも言っていた。

当時の私はロックやソウルが好きで、ジャズはマイルス・デイヴィスの「アガルタ」や「オン・ザ・コーナー」などのファンキーなエレクトリック・ジャズが好きで、4ビートのアコースティック・ジャズの面白さにはまだ目覚めていなかった。先入観で時代遅れの古臭い音楽だと思い込んでいたからだ。しかし村上龍が「今の時代の空気に響く」と言っていて、それを読んで私は興味をもってその3枚を入手して聴いてみたのだった。

聴いてみるとたしかに私が先入観を持っていた4ビート・ジャズのビート感とは明らかに違う焦燥感を伴うような疾走感があった。

その3枚はいずれも1964年の録音で、メンバーはトランペット・マイルス・デイヴィス、ピアノ・ハービー・ハンコック、ベース・ロン・カーター、ドラムス・トニー・ウィリアムスの4人は共通。テナーサックスはすべて違って「フォー」がジョージ・コールマン。「トーキョー」がサム・リヴァース、「ベルリン」がウェイン・ショーター。ショーターはその後5年間ほど固定メンバーとなったが「ベルリン」がマイルス・クインテットで最初の録音だった。

テナー以外の4人は固定メンバーで、テナーが代わるだけで、演奏全体がかなり変化することも面白かった。

ジョージ・コールマンは豪快な正統派。バックのリズムに乗って豪快だが丁寧かつ綺麗に音階を紡いでいくタイプ。

サム・リヴァースは爆発的で奔放。リズムも音階もトーンももっともフリージャズ的。

ウェイン・ショーターは思索的で模索的。うねうねと音階を探るようにメロディーを紡いでいく。

面白いのはテナーの性格に呼応してリズム・セクションの3人の演奏が大きく変わってしまうことだ。

コールマンとの演奏ではドラムとベースは勢いのあるリズムを一貫してたたき出し、ピアノのハービーもコールマン的にリズムに乗って音数の多い豪快な演奏をする。

リヴァースとの共演になると、ドラムもベースもリヴァースの奔放さに煽られて、テナーのバックなのにドラムソロのような派手なドラミングをしたり、ベースも倍テンポや半テンポを錯綜させたり、ハービーのピアノもかなりフリージャズ的でそれについていけなくなったリズム体が止まってしまったり、全体がフリージャズ的に暴走する。

ショーターとの演奏だと、テンポが他の2枚より少し遅く落ち着いた感じになる。そして音階を模索するようなショーターの演奏のバックで、ドラムもベースもピアノもどう付いていけば良いか探るように音数が少なくなる。ショーターはうねうねと何かを探すような演奏の果てに、分かり易い反復フレーズに辿り着く。その後のハービーのピアノソロも音数少なく入ってきてメロディーを探るような演奏で始まり、ショーターのソロのように反復フレーズを多用するようになる。

特にテナーのソロの後にソロが回ってくるピアノのハービーの変わりぶりが凄い。

これらの違いは、3枚のアルバム総てに収められている「ソー・ホワット」「ウォーキン」を聴き比べるととても分かり易い。

というように、演奏者が一人入れ替わるだけで音楽全体が大きく変わってしまうという面白さに気がつかせてくれたのがこの3枚のアルバムであり、それを紹介してくれたのは村上龍と村上春樹の対談だった。それが私にとって4ビートジャズの面白さの扉を広げてくれたのだった。

そして若い頃のそういう体験を思い出させてくれたのは、トランペット松島啓之さんとテナーサックス横原由梨子さんのツートップとそれを支えるドラム倉田大輔さん、ベース島田剛さん、ピアノ後藤浩二さんの5人の演奏だった。

音楽は本当に楽しく、生活を豊かにしてくれます。

“Four” & More
https://music.apple.com/jp/album/four-more-recorded-live-in-concert/159071729

Miles in Tokyo
https://music.apple.com/jp/album/miles-in-tokyo/159071869

Miles In Berlin
https://music.apple.com/jp/album/miles-in-berlin-live/171443580


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