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〖短編小説〗2月10日は「ふとんの日」

この短編は1475文字、約4分で読めます。あなたの4分を頂ければ幸いです。

***

丸めて部屋のすみに立てかけて置いた布団は、お店の前で電源を抜かれて首からガクンと落ち込んでいるペッパー君のようだった。「覚えとけよ!孫正義!」

残念だがこれはペッパー君の話ではない。ふとんの話だ。もっと言うとこれから捨てるふとんの話だ。ベットの良さに気づき、同時にふとんの貧乏くささに気が付いた僕は、おしゃれなベットを購入した。

そしてお役御免の汚いふとんを捨てるためビニールひもで、しばるしばる。誘拐犯が人質をしばるかのごとく、縛る縛る。

「痛っ、痛いです。なにもそんなに強く縛らなくても、逃げたりしません」

「うるせー、このくらいしとかないと何しでかすか分からないからな。さっきだって、ちょっと目を離した隙に、警察に電話しようとしてたじゃねーか」

「だからって、こんなにつよく縛られたら、跡がついてしまいます」

「いいから、黙っておとなしくしていろ!」

誘拐ごっこも終わり、粗大ごみは明日の朝回収だ。うーん、今日はもう遅いし明日の朝マンションの下までもっていけばいいかと、素敵なふかふかのベットに横になり、優しさに包まれながら寝てしまった。

目が覚めると、朝8時55分。回収時間の5分前。

ヤバッ

慌てて部屋の隅のペッパー君を持ち上げて、サンダルをはき玄関をでた。回収車に間に合わないと、また再来週までペッパー君と寝食を共にすることになってしまう。

両手に抱えて、階段を下りていたがどうも降りにくい。ペッパー君には背後に回ってもらい、結果的にペッパー君をおんぶする格好になった。これで安定。勢いよく1階まで降り、玄関先に到着すると、目の前を回収車が通り過ぎていった。

「おーい!待ってーこれ回収してください!」

まだ、回収車の速度は上がっていない。そのまま僕はペッパー君をおんぶして、回収車を追いかけた。しかし無常にもスピードを上げる回収車。その速度に追いつこうと僕も速度を上げる。

角を曲がる回収車、僕も必死でくらいつく。そのすさまじい遠心力にペッパー君も必死で僕の背中にくらいついている。こんな所で、こんな所で諦めてたまるかという声が背中から聞こえてきそうだ。その願いは届かず直線道路でさらにスピードを上げる回収車。僕の足はとっくの昔の悲鳴を上げ、息もいくら吸っても、肺を満たさない。もうここまでかと、あきらめが頭をよぎった。

その時、不思議と背中に重みを感じなくなった。まるで羽が生えたペッパー君が僕をいざなってくれているように、足も軽いし、呼吸も楽になった。なんだこの一体感は。僕とペッパー君はひとつの塊、いやひとつの生命にまで昇華された感覚だった。もはや二人で一つ。同じ時を二人で過ごす運命共同体。

運よく信号で止まった回収車の追いついた僕たちは、おじさんに二人で元気にあいさつ「「おはようございます!」」

その後、僕たちは必死で駆け抜けたコースを思い出話に花咲かせながら、帰路についた。いい汗かいたぜと玄関に入り、部屋に到着すると僕はあることを悟り部屋の真ん中で立ち尽くした。そう、彼との別れの時が来ていた。決断するのは僕だ。1秒でも長くこの魅力的な一体感を持続したかった。

家族との別れ、違う。愛する人との別れ、違う。もっともっと僕らの一体感は特別なものなんだ。愛情や恋心なんてちっぽけなもんじゃない。もっと濃密で純度が高いんだ。半身を奪われるような絶望感なんだ。いくら言葉にしてもしたりない。分かっているよ、彼には彼の、そして僕には僕の人生がある。このまま永遠の時は刻めない。2人ではね。

「ありがとう」

そう呟いて、そっと彼を下した。

彼はそのまま、ふにゃと足から崩れ落ち、まるで生きることを放棄したようだった。

2月10日は「ふとんの日」



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