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【哲学】「人生に疲れた」と感じたときに

郁です。
今日はお休み。
のんびりゴロゴロ過ごしています。

そしてふと、最近疲れているような気がするなあと気づきました。
理由はわかっています、忙しいのです笑

また、環境の変化もちょっとあったので、ピリピリしているなーと思いました。
今日はそんな自分と、従兄に向けたつもりで、こんなnoteを書いてみました。


エリクソンの発達段階にみる、私たちの人生の危機

エリク・H・エリクソンは、ドイツで生まれて、アメリカで活躍した心理学者です。
元々は同じ心理学者の、ジークムント・フロイトの弟子でした。
彼は、フロイトの元で発達心理学・精神分析の研究をしており、青年向けに心理療法をおこなっていたんですね。

彼は人間の一生を8段階に分けて、心理的課題やその課題の達成により、獲得する要素を分類しました。
そして、それぞれの時期に起こりうる発達課題を「心理社会的危機」という形で表したのです。

さらに、「年齢に応じた心理社会的危機」を解決できないと、次の段階に進みづらくなると考えました。
エリクソンが示した8つの段階を、以下まとめてみました。

◾️エリクソンの8つの発達段階

乳児期(0〜1歳半)
幼児前期(1歳半~4歳)
幼児後期(4歳~6歳)
学童期(6歳~12歳)
青年期(12歳~20歳)
成人期(20〜40歳)
壮年期(40〜65歳)
老年期(65歳〜)

さて、発達段階すべてを解説しているとめちゃくちゃ長くなってしまうので、今回は成人期(20〜40歳)について書いていきたいと思います。

◯成人期(20〜40歳)

エリクソンの発達段階における成人期は、20歳から40歳を指します。

成人期では自分を確立し、友達や社会など、さまざまなコミュニティに身を置き、その中で信頼できる人たちとの仲を深める時期。

そして、結婚する人も多くなってくる年齢層。
自分のアイデンティティを、自分や信頼できる人に受け入れてもらうことで愛や幸福を得られるというのが成人期です。
つまり、親の元から離れ、新たな信頼できる人を見つけ、親密になっていく時期です。

自分のアイデンティティが確立していれば、「他者と親密な関係を結んでも、自分自身が揺らがない」ので、他者ともうまく付き合っていくことが可能とされています。

アイデンティティ:
自分自身が「自分は自分である」という意識を持っている(=自己斉一性)

周囲から「自分は◯◯な人である」と認められている(=社会的アイデンティティ)

→自分が自分であること、さらにはそうした自分が、他者や社会から認められているという感覚のこと


要は、「自分は自分だ」という自己理解と、「◯◯さんってこんな人だよね」という他者視点の自己理解の本質が自分の中でうまく理解できている(つまり他者から受け入れてもらえている)と、「自分は何者か?」が理解できているといえるかと思います。

もっとわかりやすく言うと、通常人間は、自分の存在を価値あるものだと感じたいわけです。
そしてそれは、単なる自分の思い込みではなく、他者から「あなたはかけがえのない人だ」「あなたの能力はすばらしい」と、認めてもらうなかでアイデンティティの感覚が生まれます。

ところが、自分自身の「アイデンティティ」が確立していないと、こんなことが起こりえるわけです。


・他者に過度に依存的になってしまう
(自分の軸がない、もしくはぶれている)

・自分の嫌なところを相手に投影して、相手を責めてしまう
(本当は自分を責めている)

・相手が自分の領域に入ってくるのを恐れ、
過度に防衛的、あるいは表面的になる

・自分らしさって?

・自信がない。決断力がない

・楽しい、嬉しい、これをやりたい! という希望や願望がない

・常に漠然とした不安感や孤独感を抱えている

・人間関係がうまくいかない。疎外感がある

アイデンティティとは、自分の心を支えている元締めのようなものです。
自分を認識するのも、行動を統制するのも、周囲の人とうまくつきあっていくのも、自我の働きです。

アイデンティティの確立ができていなければ、自分がわからないので、自分がこれから何をしたいのか、どう生きていきたいのかがわからず、さらに社会で自分の存在価値はあるのか?といった精神状態に陥り、うつ症状を悪化させます。

そして、人間関係や仕事もうまくいかず、うつ病や無気力症候群に陥りやすいといわれています。

つまり、成人期の発達課題は親密性と孤独なんですね。

30代、いろいろ変わる時期だよね

さて、難しく書いてしまいましたが...
誰しも、人間関係や自分の将来に悩んだりしたこと、1度はあるんじゃないでしょうか?

特に30代になると、これまでよりも自分を取り巻く人間関係が変化していくので、友達関係に悩んだりすることは多いのではないでしょうか?

例えば、仕事の中では中間的な立場となり上司と部下や後輩の間に挟まれることがあります。

プライベートでは、恋人や夫婦などのパートナー関係を結んだことで親戚付き合いが増える、あるいは子供が生まれて自分自身が親になり、庇護される側から庇護する側となる...などの変化もあるでしょう。

また、仲良くしていた学生時代の友人たちでも、それぞれの生活の事情や社会人としての意識の変化ですれ違いが生じたりして会う回数が激減するなど…つながる人の数だけではなく、質も大きく変わっていきます。

さらに、20代の時と比べて、じわじわと体力の衰えを感じたりもするようになります笑
30代になってから、急に体調を崩すようになったり、病気がいきなり見つかったり...(経験済)

そうして、ふと不安になったりする瞬間があるわけです。
「私の人生、これでいいのかしら?」と!

あがいても、結局なるようにしかならない

昔はね、人生の選択肢を、自分の生活周囲で見える中から選ぶことがほとんどでした。
親や親戚、会社の先輩とか。

でも今は、世界中の同年代の生活が見えるようになりましたよね。
それこそ上を見たらキリがなくなりました笑

もちろん他人の人生を見て選択肢が広がって、幸福度があがるという人もいます。
ただ、他人のキラキラした生活を見て『一方の自分は…』と劣等感を抱いてしまう人もいます。
(私はそのタイプ)

そして、たとえば友人が結婚すると聞いて、「結婚」とか「婚活」などというキーワードで深堀りをはじめてしまったり、ほかの友人の近状をSNSで探してしまったりするといよいよ危険です。
赤信号です。

たとえばSNSを見た結果、自分なりに安心できればいいんですよ。
「友達は今日も美味しそうなものを食べてるなあ、相変わらず元気そうだわ」とか、「私もこれ食べにいきたーい」とかね笑

ただ、ただですよ。
幸せを感じづらくなっているときというのは誰にでもあります。

そういうとき、人は自分より幸せそうな人の情報ばかり探してしまい、それに比べて自分は…とさらに落ち込むのです。
それはあなただけじゃなくて、みんなそう。

そして、こういう自虐的な思考に入っていってしまうと、どんどん幸せを感じるセンサーが鈍ってしまうのです。

あなたの手には今、何がありますか?
何もありませんか?

自分は根気がないなあとか、すぐクヨクヨしちゃうなあとか、ないものばかり数えていませんか?

落ち込んでいるとき、ライフポイントが足りなくなっているときは、『根気がない』『彼氏がいない』『お金がない』など、自分にないものばかりが思いつきやすいもの。

これはつまり、『いつも自分の不足感と劣等感に心を振り回されている』という感じかな。
自分に足りないものばかりを気にしすぎてるということですね。

家や車などで他人と自分を比較するといった物質的な不足感や、人としての肩書とか収入、家族構成、パートナーとの関係などの比較による劣等感。
見た目がキレイとか美しいとかスタイルが良いとか容姿での比較による劣等感・・・

あげればきりがないくらいたくさんありますね笑

そして、誰にもそんなことを直接的に言われていないのに、知らぬうちに不足感と劣等感を自分で感じて、勝手にいじけている。

だけど、あるものを考えてみれば、意外と自分にもいろんないいところがあることに気づくはずです。

病気にならず健康に過ごせている。
家を出るときに「行ってらっしゃい」、帰宅したら「おかえり」と言ってくれる家族がいる。
仕事を頑張って、ごほうびに甘いものを食べる瞬間。
朝起きたら、いい天気だった瞬間。
旅行に行く計画をしているとき。

あげれば、日々の当たり前の中にたくさん「今日の幸せ」が詰まっていて、それはだれかと比べるものではないはず!

自分らしく生きる

「自分らしくいる」。
言うのは簡単です。
だけど、なんと難しいことでしょうか?

自分らしくいるためには、何をすべきなのか。
まずは、今やっている「自分らしくないこと」を意識してやめていく必要があります。

そして、「自分らしくないこと」を知るためには、自分は何が好きなのか? 自分はどうしたいのか?を、丁寧に自分に問いかける必要があります。

そして、自分が心からワクワクすることや楽しいと感じる気持ちに従ってみると、自分の好きなことが見つかり、生き方も見つけることができます。

終わりに

「ありのままで良い」「このままで良い」と思えたら、少しずつ楽に息ができるようになります。

毎日がハッピーな人は、なかなかいないと思います。
「そこそこな毎日」の中に、自分らしさであるとか、自分なりの幸せがあるのではないでしょうか?

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