ショートショート「運命」

彼はなぜその人物との面会に臨まなければならないかわからなかった。しかし、面会の日取りは知らないうちに決まっていたし、彼もそれはそういうものだと不思議と納得していた。そして向かった、面会相手の待つ監獄へ。
「お知り合いで?」看守は尋ねた。
「いや、まさか」彼は答えた。「あんな悲惨な事件を起こす極悪人と知り合いなわけないでしょう」
看守はいぶかしげに彼を見た。「では、なぜ面会に?」
彼は肩をすくめた。「私の方が聞きたいくらいだ」
看守によるボディチェックが済むと、彼は面会室に通された。蛍光灯の青白い光に満たされた小さな部屋。部屋は中央で仕切られていて、その真ん中は駅の窓口のようにガラス張り、ガラスの一部は声が伝わるようにだろう、規則的に穴が空けられている。そこで彼を待っていた人物は爽やかな笑顔の好青年だった。
彼が席につくと青年は言った。「驚いているようですね」
「まあ、ね」彼は答えた。「罪の無い子供たちを十二人も殺した男とは思えないな」
「十三人です」青年は落ち着き払っている。「僕を捕まえた人もそう言っていました。僕のことはご存知のようですね」
「それはもちろん」彼は咳払いをした。「知らない人間なんていないだろう。新聞でもニュースでも報道されたんだ。あんたのことで街は持ちきりだった。子供ばかり狙った連続殺人犯」
「どう思いました?」
「極悪だと思ったね」彼は青年を見据えて言った。青年も目を逸らさない。それどころか、微笑んですら見える。「正直な話、こんな奴は生きていちゃいけないと思った」
「そうですか」青年は言った。そして胸ポケットから何枚か写真を出した。それを彼に見せる。
「あんたに殺された子供たちだ」彼は言った。「新聞で見た」
「その通りです」青年は頷いた。「これは僕が最初に殺した子」
「吐き気がする」彼は言った。
「この子は成長すると独裁者になりました。そして自分の意に沿わない人間をことごとく粛清するはずでした」
「何を言っているんだ?」彼の顔に困惑がよぎる。
「これは僕が六番目に殺した子。この子は成長したら快楽殺人者になり、娼婦を中心に若い女性ばかり四十人殺すはずでした」
「何をわけのわからないことを!」彼は立ち上がり、険しい表情で青年を睨み付けた。
青年は人差し指を立て、彼の前にスッと出した。しっ。「僕には未来が見えるんです」青年は言った。
「馬鹿な!」
「信じられないでしょうけど、本当なんです」
「百歩譲って、あんたに未来が見えるとしても、子供たちを殺す理由にはならないはずだ」彼は腰を下ろした。
「なぜ?」
「その子供たちがまっとうに育つように手助けすることだってできたはずじゃないか?それを、なぜ?」
青年は息を一つついた。それは溜め息とは違った何かだった。「例えば」青年は言った。そして目の前に置かれたペンを取り上げた。「このペンをこうして、指を離せば床に落ちますね。それと似たことなんです」
「と言うと?」
「運命、と言ったらいいんでしょうか。それは物理法則のようにそうなるのです。独裁者に、快楽殺人者に、そうとしかなり得ない。そういうものなんです」
「つまり、あんたにも、誰にも未来は変えられない、そう言いたいわけだな。あんたは河がどう蛇行するか見通すことはできるが、その流れを変えることはできないと」
「素敵な表現ですね」青年はニッコリ笑った。たいていの人間はこの笑顔を見れば青年のことを好きになるだろう。「そう言うことです。できることなら、僕だって彼らを殺したくなかった」
「世の中のためには仕方なかったとでも?」彼は鼻で笑いながら言った。
「違います」青年は首を横に振った。「運命です。僕だって、その河の流れの中にいるんだから」
「あんたが子供たちを殺したのも運命だったと?」
「ええ」彼は頷いた。「誰も、その河の岸に上がることはできない」
「そうなると、あんたに殺された子供たちは必然として殺されたことになる」
「そうですね」彼は頷いた。
「そうすると、彼らが大人になって、独裁者や、快楽殺人者になるなんて不可能じゃないか?」
「そうかもしれません」彼は頷いた。
「あんたは狂っている。狂った妄想で、罪の無い子供たちを殺したんだ」
「信じてもらえないことはわかっていました」青年は微笑んだ。
「何を笑っている?」彼の声には怒気がこもっている。
「でも、僕がこうして今まで生きているのが、僕が運命を見通し、またその運命には決して抗えないという証明なんです。僕は自分が子供たちを殺すことになると、ずっと以前、僕が子供の頃から知っていました。もちろん、その理由も、そしてその矛盾も。矛盾を知っていましたから、僕は子供たちを殺したくないと思っていました。だって、彼らが大人になるまでに、僕が見た未来とは違うようになるきっかけが無いとは限りません。可能性があるのではないか、僕だってそう思いました。しかし、僕自身が、その運命に抗えない、その流れは強力で、抗える者などいないことを実感していたのです。僕は自分が子供たちを殺す未来を知って以来、何度も自ら命を絶とうとしました。でも、それは不可能なんです。だって、運命で決まっているんだから。全て、見た通り進んでいます。あの子供たちがもし、もしなんてあり得ないんですが、もし大人になれば、間違いなく独裁者や快楽殺人者になって大勢の人を殺したでしょう」
彼は隠していた小型の拳銃を取り出した。青年がゆっくり瞬きした。
「看守の目をよく潜り抜けることができましたね」青年は言った。それは彼自身思っていたことだ。きっと見付かると思っていた。「それはそういう運命なんです。」
「うるさい!」彼は怒鳴った。「運命運命うるさいんだよ!なんでもかんでも運命のせいにするんじゃない!」そしてガラス越しに青年の額に狙いを定める。
「このガラスは強化ガラスでできています」青年は言った。そして前傾し、ガラスにピタリと額を押し付けた。「でも大丈夫です。その拳銃でもかろうじてですが撃ち抜くことができます。そしてあなたは僕を殺すことができる」
「黙れ!」彼は手のひらの汗で手元が狂いやしまいかが心配になる。
「大丈夫です。あなたはちゃんと僕を殺します」
「黙れと言ったのが聞こえないのか!」彼は唾を飲む。
「看守はまだ来ませんよ」
「黙れったら!」銃口をガラスに当てる。
「さあ、引き金を。僕が子供たちを殺したように、僕を殺しなさい。それが運命です。あなたはそれに抗えない」
銃声。

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