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わたしの中の邦子さん

今回はタイトルからして大いに迷いました。
「わたしの中の」は決まっていて、その後に「向田邦子」とすべきか「向田邦子さん」とすべきか……どうしようかと。

しかも、自分のnote記事の中でチラリと向田邦子さんについて触れた際に、「続きは向田邦子さんの誕生日である11月28日に」と投稿日までも宣言し、自分で自分のハードルを上げてしまっているのです。

それで一計を講じまして――。
向田邦子さんの作品がどれほどわたしの中に浸透し、普段の暮らしでどんなふうに顔をのぞかせるのかを挙げてみることにしました。

例えば、こんなことがありました。
朝の通勤時、いつになく混みあうバスでの出来事です。わたしの左前方で、申し訳なさそうに大きな背中を丸めて吊り革に手をかけている男性のうしろ姿に、わたしは、向田邦子さんのエッセイの中にある、高砂親方(3代目朝潮)の話をふっと思い出しました。

それは、新幹線で偶然、高砂親方と隣合せになったとき、自分の体が大きいことを気にされた親方が、まもなく7月場所が開催される名古屋につくまでの間ずっと、体を固くして身を縮めていらしたというエピソードです。

邦子さんは「どうぞお気遣いなく」と言いたいものの面識がないため言い出せず、親方は身を縮めっぱなしで、やっと名古屋について立ち上がった親方は、邦子さんに深々と一礼をして降りていかれたとのこと。

「やさしい人だな」と思いました。その背中には人気力士のおごりはなく、立派すぎる体をもって生まれてしまった男の悲しみがあるように思えました。

向田邦子著『夜中の薔薇』
「女を斬るな狐を斬れ」より

混みあうバスの中、申し訳なさそうに大きな背中を丸めていた男性に、わたしはやさしさを感じ、その元をたどれば、向田邦子さんの眼ざしへとつながる――というふうに……。
わたしの中にいる、わたしの中の邦子さん。

***

と、”わたしの中の邦子さん”が出てきたところで、話を最初に戻して「記事タイトル」についてですが、まず、わたしは、これまで向田邦子さんを邦子さんとお呼びしたことがなく、向田邦子さんを語る文献などでも邦子さんと呼称されているのを見かけたこともありません。

ですが、記事内で向田邦子さんの名前がたくさん登場するにあたり、いずれかを「彼女」とするよりも「邦子さん」とした方がしっくりきて、自分の中でだんだん違和感がなくなり、ついには、”わたしの中”につながったため、タイトルも『わたしの中の邦子さん』に決めたしだいです。

***

ところが、タイトルが決まったとたん、緊急事態発生!

タイトルにすっかり満足したわたしは、嬉々と浮足立ってぼんやり。
記事の作成が進まなくなってしまいました。
でも、こんなところも、”わたしの中の邦子さん”なのです。

わたしは、向田邦子さんの長編小説『あ・うん』の単行本(初刊)を持っていませんが、同書単行本(初刊)の装釘を手がけるのが、憧れの画家、中川一政氏に決まったときの喜びを、邦子さんは本作の「あとがき」にて、
「私は一日二日ぼんやりしていた。嬉しさや感動が大きすぎると、私はぼんやりする癖がある」と綴ったとのことで、わたしも同じだと嬉しくなったのを覚えています。(参照元:向田邦子文学論「向田邦子の生きた風景」)

ねこ好きだった向田邦子さんは
嬉しすぎるとぼんやり。
イメージはこんな感じかな?

ぼんやりといえば、先に引用したエッセイ『夜中の薔薇』の中にも、こんな箇所があります。

読書は、開く前も読んでいる最中もいい気持ちだが、私は読んでいる途中、あるいは読み終わってから、ぼんやりするのが好きだ。砂地に水がしみ通るように、体のなかになにかがひろがってゆくようで、「幸福」とはこれをいうのかと思うことがある。

『夜中の薔薇』
「心にしみ通る幸福」より

***

ということで、今のわたしの心は満ち足りてぼんやり。これ以上、向田邦子さんを語れそうもありません。

当初の目的は、自分はどれだけ向田邦子さんの本を読み返してきたかを語り尽くすことだったのですが、どうも、”わたしの中の邦子さん”で目的に達してしまったようです。

そのため、なんとも中途半端な終わりかたとなりますが、これ以外の終わりかたはなかったと、半ば自負しながらの締めくくりとなります。

その代わりと言っては語弊がありますが、自称”短編好き”なわたしによる、短編の名手、向田邦子さんの全短編小説名を以下に列記しますので、参考になれば幸いです。(参照元:向田邦子文学論「短編小説」)


向田邦子さんの短編小説
『思い出トランプ』(新潮文庫)
『隣の女』(文春文庫)

収録作品18編を
発表順にまとめてあります。

向田邦子さんの作品は
エッセイや脚本の書籍化などを含めると
たくさんあるので、
多作なイメージもありますが、
短編小説となると全18編ということと、
最後の作品「春が来た」は没後の発表であることに
思いを馳せたら、
自ずと目頭が熱くなりました。

・りんごの皮『小説新潮』昭和55年2月
・男眉『小説新潮』昭和55年3月
・花の名前『小説新潮』昭和55年4月
・かわうそ『新潮』昭和55年5月
・犬小屋『新潮』昭和55年6月
・大根の月『小説新潮』昭和55年7月
・だらだら坂『小説新潮』昭和55年8月
・幸福『オール読物』昭和55年9月
・酸っぱい家族『小説新潮』昭和55年9月
・下駄『別冊文藝春秋』昭和55年10月
・マンハッタン『小説新潮』昭和55年10月
・三枚肉『小説新潮』昭和55年11月
・はめ殺しの窓『小説新潮』昭和55年12月
・耳『小説新潮』昭和56年1月
・ダウト『小説新潮』昭和56年2月
・胡桃の部屋『オール読物』昭和56年3月
・隣りの女『サンデー毎日』昭和56年5月
・春がきた『オール読物』昭和56年10月)


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