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【ゆるり胡同暮らし】第3回 春節(その一)

春節は大事だ。春節は何にも勝る。
中国では春節(旧暦の正月)が近づくと、人々がウキウキソワソワと落ち着かなくなり、そして何事も進まなくなる。
「もうすぐ春節だからね」。「また春節の後にね」。中国に長年住んでいる間に何度そんなセリフを耳にしたことか。そんなセリフであしらわれたら、もうさっさとあきらめて、一緒に春節の雰囲気を楽しめばよいのである。

とはいえ首都北京の春節は、年々静かなものになってしまっている。
まず、春節のお祝いには花火や爆竹が欠かせないが、市中心部では2018年の春節から一切禁止されてしまった。大気汚染防止がその理由だ。
さらに西暦の2月1日に春節を迎えた今年は、新型コロナウィルス感染拡大を防ぐため、廟会(市内の公園やお寺で出店を楽しめる縁日のようなもの)も開かれなかった。
寂しいかぎりだ。

まだ花火や爆竹が許されていたころの春節の前夜、だいたい夜7時を回るころ、私の住む胡同でもあちこちから「ババババババン!」「ヒュー!ドーン!」という音が聞こえはじめ、部屋の中まで響きわたる。もういてもたってもいられなくなって部屋から飛び出す。私の部屋の真ん前で花火を上げているお隣りさんがいる。線香花火レベルではない。打ち上げ花火が堂々と住まいの真上に上がっているのである。はじめはさすがに心配になったが、住宅が密集しているのもおかまいなしであちこちで上がっているので、しまいにはまあ大丈夫なのかな、という気になってしまい、むしろワクワクしてきてお祝い気分が盛り上がる。

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胡同の住宅の真上に上がった花火(2008年2月撮影)

通りに出ると、さらに爆竹の音が脳をつんざく。春節の花火や爆竹で肝心なのは、見栄えではなく音。音にこそ、新しい年を迎える前の厄除けの意味がある。だから花火でも爆竹でもとにかく量をたくさん放って、派手な音をたくさん鳴らせば鳴らすほどよいのだ。夜どおし繰り返し花火や爆竹をセットしてはタイミングを見計らって火をつける住民たちは、真剣そのもの。年に一度のその瞬間にすべてをかけているかのようである。路上は爆竹の赤い紙包装の残がいが散乱し、赤く染まっているかのよう。辺り一帯は煙でかすむ。

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著者が住んでいた胡同のすぐ近くの道路の真ん中で次々と爆竹を鳴らしていた住民たち(2008年2月撮影)
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爆竹の横をこんなふうに車がふつうに通り過ぎていくのにも驚く(2016年2月撮影)

夜中の12時に近くなると、夜どおし奏でられた交響曲がクライマックスに達する。花火や爆竹が残らずすべて放たれ、空から光が降り注ぎ、爆音が絶え間なく響き、過ぎ去る年の厄がすべて追い祓われ、そして新しい年を迎える。
新年好!(明けましておめでとう!)

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鐘楼の前の広場に集まって花火や爆竹を放つ人たち(2008年2月撮影)
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什刹海でも派手に花火があげられていたがその横をふつうに自転車が通り過ぎていく(2016年2月撮影)

そんな喜びも興奮も、今の北京ではもう味わえない。繰り返すが、寂しいかぎりである。

(春節エピソードはその2に続きます)

*インスタグラムを利用していらっしゃる方は「#chunjievideo_march」のハッシュタグで検索していただくと、これまでに撮影して投稿した春節前夜の花火や爆竹の動画をご覧いただけます。やはり写真より動画のほうが雰囲気が伝わりやすいので、ぜひそちらをご覧ください(くれぐれも音にご注意ください)。ちなみにインスタグラムのアカウントは@march_nzです。日ごろから胡同の写真などを投稿していますので、よろしければそちらもご覧ください。


著者プロフィール
弥生

2005年から北京に住み始め、2007年から2018年まで11年間、胡同で暮らす。2020年のはじめに帰国してしばらく日本に住んでいたが、2021年11月に北京に帰ってきて、再び胡同暮らしを始める。
インスタグラム@march_nzで胡同の写真などを投稿中。

*胡同(中国語読みで「フートン」)とは、故宮を囲む北京中心部の旧城内に、ほぼ碁盤目状に巡らされた路地のことである。

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