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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 22

 五瀨が大王への返事を書いたのは次の日であった。伝令兵はユックリ出来ると思っていたので実にナンジャラホイな感じではあったが文句は言えない。否、寧ろ有難いと言うべきである。伝令兵は書状を受け取るとテクテクと集落からバイバイキン。来た道を戻って行った。
 其れから一月が経とうとした頃、ア国に八重国の大将軍を務める宇沙都比古(ウサツヒコ)と其の妻が到着した。宇沙都比古(ウサツヒコ)は到着するなり迂駕耶(うがや)の下に駆けて行き王后の死を悲しんだ。
「大王…。この度は何と言う不運でありましょう。」  
 そう言うと宇沙都比古(ウサツヒコ)と妻はシクシクと泣き始めた。宇沙都比古(ウサツヒコ)と王后は親戚関係にある。其の為宇沙都比古(ウサツヒコ)と王后は幼少の頃より共に育って来たのだ。だから、其の悲しさは大きかった。
「宇沙都比古(ウサツヒコ)良く来てくれた。」
 そう言うと迂駕耶(うがや)は宇沙都比古(ウサツヒコ)を抱きしめた。
「大王…。当然でありましょう。王后は私の姉の様なお方でした。」
「あぁぁ。存じている。」
「其れで…。王后は苦しまずに逝けたのですか ?」
 宇沙都比古(ウサツヒコ)がそう言うと迂駕耶(うがや)は更に強く宇沙都比古(ウサツヒコ)を抱きしめた。
「すまぬ…。今は何も聞かないでくれ。」
「大王…。どうしたのです ?」
「宇沙都比古(ウサツヒコ)よ、皆が揃ったら話そう。」
 迂駕耶(うがや)がそう言ったので宇沙都比古(ウサツヒコ)は其れ以上何も聞かなかった。
「其れでは私は王后に最後の別れを…。」
「そうだな…。石棺は中央の広場だ。」
「分かりました。」
 そう言うと宇沙都比古(ウサツヒコ)と妻は中央広場に向かった。
 中央広場に着くと多くの人々が石棺の前で悲しんでいる姿が見えた。
 既に王后が遺体となって帰って来て二月が経つ。其れでも未だ多くの人々が其の前で悲しんでいると言うのはそれだけ人々が王后を慕っていた証である。宇沙都比古(ウサツヒコ)と妻はその中を申し訳無さそうに進み石棺の前までやって来た。
「叔父上…。」
 宇沙都比古(ウサツヒコ)を見やり伊波礼毘古(いわれびこ)が言った。
「伊波礼毘古(いわれびこ)…。其方も来ていたか。」
「はい。母上と話しておりました。」
「そうか…。優しい方だった。」
「はい…。」
「なぁ、伊波礼毘古(いわれびこ)…。私は未だに信じられないよ。あ、姉上が死んだなんて…。」
 そう言って宇沙都比古(ウサツヒコ)は王后の死を悲しんだ。
「私もです。」
「姉上は病だったのか ? 何故教えてくれなかった。」
「私も知りませんでした。」
「其方も ?」
「はい。」
「大王から何か話は聞いたか ?」
「皆が揃ったら話すと…。ですが、話は此の国の人から聞かされました。」
「この国の ? 其れで其の話とは ?」
「兄上が…。」
「兄上 ? 其れは誰か ?」
「五瀨の兄上です。」
「五瀨…。五瀨がどうした。姉上と五瀨がどう関係している。」
「兄上が母上を殺したと…。」
「五瀨が !」
 宇沙都比古(ウサツヒコ)は思わず声を荒げ言った。
「あくまでも噂です。」
「其れで五瀨は何処に ?」
 と、宇沙都比古(ウサツヒコ)は周りを見やった。
「未だ来ておりません。」
「未だ ? そんな馬鹿な。私が一番遠いんだぞ。」
「はい。ですが未だ兄上は…。」
「他の兄弟は ?」
「未だ来ておりません。」
「未だ…。」
「はい…。何やら嫌な予感がします。」
「そうだな…。五瀨に限ってそんな事は無いとは思うが…。其れに五瀨には聡明な娘が付いている。」
「姉上はもぅおりません。」
 悲痛な声で伊波礼毘古(いわれびこ)が言った。
「いない ? どう言う事だ ?」
「死んだのです。」
「死んだ ?」
「はい。兄上が殺したと…。否、殺したのは宇豆毘古(うずびこ)らしいのですが…。」
「宇豆毘古(うずびこ)が ! 何故。」
「母上と宇豆毘古(うずびこ)が姉上を見つけた時には既に姉上は肉の塊になっていたそうです。」
「肉の…。」
 と、宇沙都比古(ウサツヒコ)の頭は既にナンジャラホイである。
「姉上の石棺は向こうに…。私の妻が見守っています。」
 と、伊波礼毘古(いわれびこ)は指を指し言った。宇沙都比古(ウサツヒコ)は訳が分からなかった。何が起こっているのか ? サッパリ状況が把握出来ない。ただ、大王が皆が揃ってから話すと言った事からも何やら不穏な空気が漂っている事は確かだった。
 其れから半月が過ぎた。半月が過ぎても五瀨はおろか武南方達残りの兄弟達も到着する事はなく仕方なく迂駕耶(うがや)は伊波礼毘古(いわれびこ)と宇沙都比古(ウサツヒコ)を住居に呼び此度の事を二人に話す事にした。
「私は信じられません。五瀨が此の様な事をするなど…。」
 宇沙都比古(ウサツヒコ)が言った。
「私もだ。だが、私は此の目で見たのだよ。娘の酷い姿をな。」
「はい…。ですが何故五瀨が此の様な事を…。」
「分からぬ。華夏族に成り下がった者の考えなど理解出来ぬ。」
 と、迂駕耶(うがや)は強い口調で言った。
「華夏族に…。」
 と、宇沙都比古(ウサツヒコ)は項垂れた。
「其れで私は五瀨を八重国から追放する事に決めた。」
「追放。」
 驚いた口調で宇沙都比古(ウサツヒコ)が言った。
「そうだ。」
「大王…。ですが、未だ五瀨がやったとは…。」
「そう言う問題では無い。」
「否、叔父上の言う通り、早計でありましょう。」
 暫し黙って話しを聞いていた伊波礼毘古(いわれびこ)が言った。
「何故そう思う ?」
 迂駕耶(うがや)が問うた。
「確かに兄上には非情な所があります。ですが、尊敬に値する人である事も確か。その様な方が何故姉上に酷い仕打ちを行い母上を殺すのか…。もしも、此れが敵の策であるなら今兄上を追放すれば兄上の国は弱体化し、其処を攻めいられるのは明白です。」
「確かに其方の言う通りだ。だが、だったら何故五瀨は来ない。何故他の息子や伝令兵は戻って来ない。」
「伝令兵に不運な事故が起こったか、もしくは敵が伝令兵を殺したか。」
「成程…。敵が此の事に関わっているのなら伝令兵を殺した可能性はある。」
「はい…。」
「だが、五瀨が乱心した可能性もある。」
「其れはありません。」
 伊波礼毘古(いわれびこ)は言い切った。
「何故 ?」
「兄上は強固な国作りを行っているのです。此処で国を割れば国は弱体化してしまいます。其の様な事を兄上がする筈がありません。」
「其の為に私や其方等が邪魔だとしたら ?」
「大王は目が曇っている。」
 強い口調で伊波礼毘古(いわれびこ)が言った。
「伊波礼毘古(いわれびこ)…。何と言う事を…。」
 宇沙都比古(ウサツヒコ)が慌てて止めた。
「否…。大王は兄上の政策を良く思っておられぬが故に兄上の乱心と決めつけておられる。だが、私には敵の存在が見え隠れしております。」
「ムムム…。伊波礼毘古(いわれびこ)よ。そこまで五瀨の事を信頼しているか。」
「はい。私と兄上はイルカとシャチ。だからこそ兄上の素晴らしさを知っているのです。」
「分かった。なら、再度伝令兵を使わそう。」
「否、又同じ様な事が起こるかもしれません。」
「だったらどうする ?」
「兵を上げ私達が兄上の国に行くのです。」
「五瀨の ?」 
「はい。」
「伊波礼毘古(いわれびこ)…。其れは聞けぬ。」
「何故です ?」
「他の息子達も来ておらぬからだ。」
「大王…。」
「如何に其方が五瀨を庇おうと疑念が消えた訳ではない。疑念がある以上兵を上げ国を留守にする訳にはいかぬ。」
「…確かに。」
「なら、私がミ国に行きましょう。」
 宇沙都比古(ウサツヒコ)が言った。
「叔父上…。」
 伊波礼毘古(いわれびこ)が宇沙都比古(ウサツヒコ)を見やる。迂駕耶(うがや)は眉を顰め宇沙都比古(ウサツヒコ)を見やった。
「駄目だ…。伊波礼毘古(いわれびこ)であれ宇沙都比古(ウサツヒコ)であれ其方等は一国の王である事を忘れるな。」
 迂駕耶(うがや)が嗜める。
「では、伝令兵をミ国に…。」
「否、槁根津日子(サオネツヒコ)に行かせよう。」
 迂駕耶(うがや)が言った。
「槁根津日子(サオネツヒコ)を ? しかし、宇豆毘古(うずびこ)は将軍でありましょう。」
 伊波礼毘古(いわれびこ)が言う。
「そうだ。だが、思いは其方等と同じ。宇豆毘古(うずびこ)も又五瀨を信じている。」
 迂駕耶(うがや)が答えた。
「そう言う事ですか。」 
「其方等と思いが同じ槁根津日子(サオネツヒコ)であれば其方等も安心であろう。」
「はい。」
「其れでは直ぐに槁根津日子(サオネツヒコ)をミ国に向かわせよう。」
 そう言うと迂駕耶(うがや)は早急に槁根津日子(サオネツヒコ)に旅立つよう伝えに行った。

 さて、其の頃、五瀨の国はと言うと日増しに増えて行く大きな葦船に人々は恐怖を抱いていた。これは人々が此の国が孤立してしまったと信じ込んでいるからである。だが、その逆に人々が恐怖すればする程五瀨は内心ほくそ笑んでいた。この国に潜んでいる間者が嘘の情報を流している事が明白となったからだ。既に武南方は全兵力を上げ待機させ、残り三人の兄弟の下にも伝令が届く頃合いである。
「後は、刻の問題か…。敵が攻めて来る前に兄弟が揃えば良いのだが…。」
 大きな葦船を見やり五瀨が言った。
「今来ても返り討ちに出来るさ。」
 武南方が言った。
「そうだな…。だが、返り討ちだけでは済まさぬ。思い知らせてやる。」
 と、五瀨は大きな葦船を睨め付けた。
「勿論だ。だが、敵はどれだけの葦船を有しているんだ ? 浜からも見えるって言うのは異常だな。」
「百か二百か…。」
「つまり、敵国は嘘の情報を信用したと言う事だな。」
「そう言う事だ。」
 と、二人はニンマリと笑みを浮かべ、其れを盗み聞きしていた実儺瀨(みなせ)達も同じ様にニンマリと笑みを浮かべた。
「さて、後はア国がどう動くかじゃな…。」
 テクテクと歩き乍ら実儺瀨(みなせ)が言った。ア国とは迂駕耶(うがや)のいる国である。
「伊波礼毘古(いわれびこ)がナンジャカホイな感じじゃ。」
 臥麻莉が答える。
「あの男は侮れぬからのぅ…。迂駕耶(うがや)が押し切ってくれよったらええんじゃが…。」
 実儺瀨(みなせ)が言う。
「それより、我等が匿っておる奴婢ちゃん達はどうしよるんじゃ ?」
 娘が問うた。
「後一回伝令兵の役をして貰いよる。」
「その後は約束通りハナ国に迎え入れよるんか ?」
「否、此れじゃ。」
 と、実儺瀨(みなせ)は首を掻っ切る仕草を見せた。
「これじゃか…。」
 と、娘も同じく首を掻っ切る仕草を見せる。
「じゃよ…。」
「じゃかぁ…。殺してしまいよるか。」
「じゃぁ言いよっても目をくり抜かれよって岩牢に閉じ込められるよりマシじゃかよ。」
 臥麻莉が言う。
「じゃかぁ ? 我は色んなカワユイ娘とエロイ事が出来よるから得じゃと思いよるんじゃがのぅ…。」
「ウフフ…。確かにそうかものぅ。じゃが、目を無くしてしまってはカワユイかどうかは分からんじゃかよ。其れに子作りの道具としてしか扱われぬ男は哀れじゃし、惨めな気持ちで一杯じゃろぅ。」
 と、実儺瀨(みなせ)が言うと娘は何とも不思議な表情で実儺瀨(みなせ)を見やった。
「なんじゃ ?」
「あ〜。実儺瀨(みなせ)も臥麻莉も国に戻っておらんから知りよらんじゃか…。」
「何がじゃ ?」
 実儺瀨(みなせ)と臥麻莉が問う。
「岩牢の男連中は毎日ウハウハじゃかよ。特に人気のある男子は別格じゃ。王様扱いなんじゃ。何十人もの娘に毎日可愛がって貰っておるし、ご飯も一杯食べれよる。体も毎日娘達に綺麗に洗って貰っておるんじゃ。」
「な、なんと…。其の様な事になっておったとは…。」
 実儺瀨(みなせ)がボソリ。
「まったくじゃ。我等は必死にファイトしておるのに。」 
 と、二人は眉を顰め娘を見やる。
「真逆とは思いよるんじゃが…。其方にも贔屓がおるじゃか ?」
 実儺瀨(みなせ)が問う。
「ま、まぁ…。」
 娘はソッと視線を外した。実儺瀨(みなせ)と臥麻莉は生唾を飲みお互いを見やった。
「臥麻莉。どうやら我等は此のビッグウェーブに乗り遅れてしまいよったみたいじゃ。」
「応じゃ」
「さっさと終わせて国に帰るじゃかよ。」
「応じゃ。」
 と、二人は更に強い意志で此の策を成功させる事を誓った。


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