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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 23

 実儺瀨(みなせ)達が八重国でファイトしている頃、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は国を千佳江(ちかえ)に任せ狸島に来ていた。勿論賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が此の島に来ているのは狸を食べる為でも観光の為でも無い。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が従える千の娘達と砦と馬鹿でかい葦船を作る為である。と、言っても砦を作っているのは奴婢達である。
 さて、此の奴婢は何処で調達して来たのか ? 勿論現地調達である。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は此の狸島に砦を作る為に近隣の小さな国を四つ程制圧したのだ。其処に住む人達を全員奴婢にして砦と馬鹿でかい葦船を作らせているのである。ただ、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は何の為にそれ等を作っているのかは知らない。知らないが実儺瀨(みなせ)が作って欲しいとお便りで送って来たから作っているのだ。
 はてさて…八重国で何が起ころうとしているのか ? まったく想像出来ないが何故か笑みが溢れてくる。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) はやや子を抱っこしながら八重国の方を見やった。
「そんなに亜弥芽(あやめ)がカワユイじゃか ?」
 そんな賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) を見やり丕実虖(ひみこ)が言った。
「亜弥芽(あやめ)もカワユイんじゃが、実儺瀨(みなせ)が何をやらかしよるんかと考えておったんじゃ。」
「詳しく聞いておらんじゃか ?」
「聞いておらん。砦と大量の葦船を作って停泊させて欲しいとだけしか書いておらんかったじゃかよ。」
「じゃかぁ…。じゃぁ言いよっても砦はハリボテじゃかよ。葦船も大きいだけで人は乗れよらんし…。此れが何の役にたちよるんじゃ ?」
 と、丕実虖(ひみこ)は首を傾げた。
「さぁぁのぅ…。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は丕実虖(ひみこ)を見やる。丕実虖(ひみこ)を見やれば見やる程、時が経つのが早いと実感させられる。稽古が嫌いで頼りないと言われて来た丕実虖(ひみこ)も十二才となり今では立派な主子である。一人前に意見を持ち、小さな国であろうと其の制圧作戦にもシッカリと参加を果たした。何より子を産んで丕実虖(ひみこ)は更にシッカリさんになった。だが、丕実虖(ひみこ)がシッカリさんになればなる程あの時の霊夢が鮮明に蘇って来る。

 丕実虖(ひみこ)が命をかけて国を救った夢である。
 胸が痛い…。
 霊夢が蘇るたびに息が詰まる。
 其の時が刻一刻と近づいて来ているのだ。

 何故 ?

 霊夢を見る度に賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は思う。

 何故、死なす為に子を育てねばならないのか…。

 だから、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は必死に未来を変えようとする。実儺瀨(みなせ)が八重国を滅茶苦茶にすれば丕実虖(ひみこ)は死なずにすむのかも知れない…。
「どうしたんじゃ ?」
 朧げな賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) を見やり丕実虖(ひみこ)が言った。
「どうもしておらんじゃかよ…。ただ、亜弥芽(あやめ)のカワユサにウットリしておったんじゃ。」
「亜弥芽(あやめ)の…。ウフフ…。」
「何じゃ…。其の不適な笑いは ?」
「別に…。そろそろ世代交代じゃかぁ…と、思うただけじゃかよ。」
 と、ニンマリと笑みを浮かべ賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) を見やる。
「な、何生意気言うとんじゃ。」
「ウフフ…。後は我が引き継ぎよるじゃかよ。」
「フン…。百年早いじゃかよ。」
「じゃかぁ…。」
「じゃよ。のぅ亜弥芽(あやめ)ぇ…。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は亜弥芽(あやめ)をあやし始めた。
「まったく…。」
 と、丕実虖(ひみこ)はテクテクと歩き始めた。
「…。丕実虖(ひみこ)。何処に行きよるんじゃ ?」
「葉月(はつき)の所じゃ。」
 と、丕実虖(ひみこ)はパタパタと走り出した。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は悲しい表情で丕実虖(ひみこ)を見やり亜弥芽(あやめ)を見やった。
 パタパタと走り砦の中に入ると、ハリボテの砦を忙しなく奴婢達がセコセコと作っている。ハリボテなので完成していると言えば完成しているのだが、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は立派な砦が必要だと言って無駄に立派に見える様に作らせているのだ。葦船が馬鹿デカくなったのもどうせなら大きくて立派に見える方が良いと言ったので、あの様に大きくなったのだ。だが、此れは実儺瀨(みなせ)にとっては予定通りであった。つまり、実儺瀨(みなせ)は賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) の性格を考慮して大きな葦船を数十隻、大きな砦を一つと書いてお便りを送ったのである。案の定賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は馬鹿デカイ葦船を百隻建造し、立派な砦を一つ建設中となったのである。
 だが、此れは賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) も同じで狸島にと書いてある時点でハリボテで良いのだと理解していた。理由は狸島に砦を建設する理由がなかったからである。
 だから、砦の中はスカスカである。要は立派な壁なのだ。奴婢達は此の様な壁を狸島に建設している事がそもそも不思議だったのだが、其れよりも不思議だったのは此の無駄な壁を作る為に態々他国を制圧しに来た事だった。
 奴婢達はブツブツと文句を言いながら作業をしている。ブツブツと文句を言いながらだから作業は余りはかどらなかった。まぁ、だからと言って誰かが責めるわけでも無く、鞭をふるうでもなかった。何故なら此処に砦がある…。其の事実だけがあれば其れで良かったからだ。
 丕実虖(ひみこ)はチロリと奴婢達を見やり、葉月(はつき)を探したが、葉月(はつき)は砦付近にはいなかった。
 仕方ないので丕実虖(ひみこ)はキョロキョロと周りを見やりながら歩いていると、川辺に葉月(はつき)の姿を見つけた。
「葉月(はつき)。」
 と、丕実虖(ひみこ)はパタパタと駆け出した。
「丕実虖(ひみこ)。どうしたんじゃ ?」
 と、マルマルと太った狸をさばきながら葉月(はつき)が問うた。
「別に…。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が亜弥芽(あやめ)に夢中じゃからブラブラしておったんじゃ。葉月(はつき)は何しておるんじゃ ?」
「狸をさばいておる。」
「お〜。此れは又美味しそうな狸じゃかよ。」
 葉月(はつき)の横に腰を下ろし言った。
「じゃろ…。此の島の狸は元々絶品なんじゃが、コイツは其の更に上の極上のはずじゃ。」
 と、葉月(はつき)はニヤニヤし乍ら手慣れた手つきで腑を取り出した。
「確かにじゃ。たんまり脂が乗ってそうじゃかよ。」
「じゃよ…。此のマルマル感が食欲をそそりよるんじゃ。」
「うんうん…。分かりよる。」
「ほれ…。丕実虖(ひみこ)も手伝うのじゃ。」
「分けてくれよるんか ?」
「当たり前じゃかよ。」
「やったのじゃ。」
 と、二人は手分けして狸の皮を剥ぎ肉を切り分けた。それからある程度肉を切り分け終わると丕実虖(ひみこ)は火をおこし始めた。
「丕実虖(ひみこ)…。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は何か言うておったじゃか ?」
 唐突に葉月(はつき)が問うた。
「何をじゃ ?」
「亜弥芽(あやめ)の事じゃ。」
「五回目じゃかよ。」 
「何がじゃ ?」
「今日、其の話をして来たのがじゃ。」 
「そうじゃったか ?」
「じゃよ…。昨日は八回。一昨日は六回、其の前は…。」
「もぅ良い…。」
「じゃかぁ…。」
「ハァァァァァ…。まったく。」
「心配なんは分かりよる。」
「まったく理解不能じゃかよ。突然ママに目覚めよるとか…。何なんじゃ。」
「まぁ、我が思うにあれじゃ。戦が遠のいておったから母性本能が突然溢れだして来よったんじゃ。」
「かも知れん。じゃぁ言うて明日香が産んだ子を突然我が育てよるとか言い出して奪ってしまいよったんじゃぞ。意味不明じゃ。しかも、戦場に連れて来るなどもっての他じゃ。」
「確かに…。」
「しかもいざ戦が始まりよったら亜弥芽(あやめ)をほっぽらかして先陣をきって行きよったんじゃ。其のお陰で我がお守りをせねばいけん羽目になりよった。」
「あ〜。」
「まぁ、別にそれはええんじゃが何か考えがありよるならちゃんと話して欲しいじゃかよ。」
 そう言うと葉月(はつき)は下ごしらえを始めた。
 そんな葉月(はつき)の気持ちをよそに賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は浜辺に腰を下ろし亜弥芽(あやめ)を膝に乗せ海を見やっていた。
「亜弥芽(あやめ)…。忘れてはいけんじゃかよ。此の海の向こうには我等の敵がおる。八重国では無い…。もっと強い敵じゃ。其の為に我等はどの国よりも強くあらねばならん。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は亜弥芽(あやめ)を見やる。亜弥芽(あやめ)はうんうんと言いながら賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が首にかけている大きな翡翠をいじっていた。
「亜弥芽(あやめ)は此れが気になりよるか ? 此れには我等の日霊が宿っておるんじゃ。先人達の思いと願い…。我思い消えず、我願い途切れず、我朽ちようと我魂死せず…。いつの日か夜は明けん…じゃ。分かりよるか ? つまり、我等は受け継いでいかねばならんと言う事なんじゃ。良いか亜弥芽(あやめ)…。違えてはいけんじゃかよ。我等が受け継ぐはこの翡翠では無い。其れにこめられた強い意志なんじゃ。」
 と、言うと賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) はギュッと亜弥芽(あやめ)を抱きしめた。
「辛いのぅ…。霊夢の前に我は無力じゃ。」
 そう言うと賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は腰を上げハリボテの砦を見やる。
「少しお腹が空きよったか…。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は亜弥芽(あやめ)を抱っこしたまま歩き始めた。テクテク、テクテクと周りを見やりながら賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は歩く。誰かがコッソリご飯を作っていないかチェックしているのだ。つまり、其処に混ざろうとしているのである。だが、周りはノソノソと働かされている奴婢と、稽古のついでに監視している娘達が山盛りいるだけである。
「流石にご飯にはまだ早いじゃか…。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) はクンクンと鼻をピクリ。何処からともなく香ばしい匂いが漂って来る。
「これは…。ご飯じゃ。ムムム…。此の香ばしい匂い。ツチノコじゃか…。否、狸島と言えば狸じゃ…。緑じゃか。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は匂いに誘われるままにテクテク、テクテク。そして川の辺りで葉月(はつき)と丕実虖(ひみこ)を見つけた。
「あ…。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) じゃ。」
 テクテクと此方に近づいて来る賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) を見やり丕実虖(ひみこ)が言った。
「匂いに釣られて来よったじゃか。」
 と、葉月(はつき)も賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) を見やる。
「矢張り、葉月(はつき)と丕実虖(ひみこ)じゃったか。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) はニンマリと笑みを浮かべると焚き火の前に腰を下ろした。
「ほれ…。脂が乗った美味しい狸じゃ。」
 葉月(はつき)が程よく焼けた狸肉を賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) に渡した。串に刺された狸肉を見やり賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は生唾ゴクリ…。
「此れは絶品の予感じゃ。」
「最高じゃかよ。」
 丕実虖(ひみこ)が言った。
「じゃかぁ…。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は狸をガブリ…。溢れ出てくる肉汁の旨味と魚醤の旨味が織りなすハーモニーに賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は思わずウットリしてしまった。
「し、至高じゃぁ…。」
「じゃろう…。葉月(はつき)が捕まえよったんじゃよ。」
「なんと葉月(はつき)がじゃか…。流石葉月(はつき)じゃ。狙う獲物は一級じゃかよ。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は亜弥芽(あやめ)の口元に狸を近づけた。
「亜弥芽(あやめ)には未だ無理じゃかよ。」
 葉月(はつき)が言った。
「未だ早いじゃか…。」
「賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が口でカミカミしてからじゃったら大丈夫じゃ。」
 丕実虖(ひみこ)が言う。
「じゃぁぁ言いよっても其れでは魚醤の味が無いなってしまいよるじゃかよ。」
 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が言う。
「確かにじゃ…。」
「じゃったら小さく切ったらどうじゃ ?」
 葉月(はつき)が言った。
「小さくじゃか。」
「ちと、此の焼き上がった狸を小さく切ってみよる。」
 と、葉月(はつき)は焼き上がった狸を小さめにカットした。
「否、其れは未だ大きいじゃかよ。」
 丕実虖(ひみこ)が言う。
「此れで大きいじゃか。」
 葉月(はつき)が答える。
「ムムム…。我はいけそうな気がしよるんじゃが…。」
 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が言う。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) と葉月(はつき)は子供を育てた事が無いのでサッパリなのだ。
「駄目じゃ。喉に詰まらせてしまいよる。」
 と、丕実虖(ひみこ)は狸を小さなカケラにチョイッと切って其れを亜弥芽(あやめ)の口に入れてやった。すると亜弥芽(あやめ)は美味しそうに…。満遍の笑顔で狸をカミカミして無事に飲み込んだ。其の表情を見やっていた三人は其のカワユサに圧倒された。
「カワユイじゃかぁ !」
 と、三人は大歓喜である。と、三人は其のカワユイ表情見たさに狸を何度も何度も食べさせ大歓喜。やがてお腹の膨れた亜弥芽(あやめ)はスヤスヤと眠ってしまった。
「寝てしまいよったじゃか…。」
 葉月(はつき)が残念そうに言った。
「お腹が一杯になってしまいよったんじゃ。」
 丕実虖(ひみこ)が言う。
「寝顔もカワユイんじゃ。」
 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が言った。
「じゃよ…。さて、我はそろそろ姉上達と稽古して来よる。」
 そう言うと丕実虖(ひみこ)はパタパタと娘達の所に走って行った。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) はたくましくなって行く丕実虖(ひみこ)を見やり切ない表情を浮かべた。葉月(はつき)はそんな賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) を見やり問う。
「夏夜蘭(かやら)…。そろそろ話してくれてもええのではないか。」
「何をじゃ ?」
「亜弥芽(あやめ)の事じゃ。我等は何が何やらサッパリじゃかよ。」
「亜弥芽(あやめ)の ? 話しておらんかったじゃか ?」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は首を傾げた。
「話した覚えがあるじゃか ?」
「無い。」
 少し考え答えた。
「じゃよ…。皆理解不能なんじゃ。」
「じゃかぁ…。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は亜弥芽(あやめ)を見やった。
「夏夜蘭(かやら)…。」
 と、葉月(はつき)は心配な面持ちで言う。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は何も言わず暫し亜弥芽(あやめ)を見やった後、覚悟を決めたのか葉月(はつき)を見やり言った。
「葉月(はつき)…。我は皆に話しておらん事がありよる。」
「話して無い事じゃか ?」
「霊夢の事じゃ。」
「霊夢 ? 丕実虖(ひみこ)が命をかけて国を守る夢の事じゃか ?」
「じゃよ…。実はあの霊夢には続きがありよるんじゃ。」
「続き ?」
「じゃよ…。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は皆に内緒にしていた霊夢の続きを葉月(はつき)に話し聞かせた。話を聞き終わり葉月(はつき)はジッと亜弥芽(あやめ)を見やる。
「そう言う事じゃか…。」
「じゃよ…。じゃが、我は出来る事なら霊夢を変えたいと思うておる。」
「じゃから、黙っておったんか。」
「じゃよ…。」
「分かりよった。じゃったらこの話は我と夏夜蘭(かやら)の内緒じゃ。一緒に霊夢を変えてやろうじゃかよ。」
 そう言うと葉月(はつき)は賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) を力一杯抱きしめた。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) はずっと一人で抱えていた事を葉月(はつき)に話した事で少し楽になった様な気がした。

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