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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 20

 一月が経ち…。三人は何とかア国に帰って来た。ア国に戻った三人を見やり国中の人々は騒ついた。
 国中の人々が騒つくの当然である。出立の時は王后、将軍含め百五十二人いた人が三人しか帰って来ていないのだ。これが戦ならまだしま、王后は娘に会いに行っただけである。しかも其処には王后も将軍もおらず、居るのはただの兵士と侍女である。如何に旅が困難であっても此れは無い。だから、此れはただ事でない事は容易に想像出来るし、何より荷車に乗せている死体らしき物に胸を痛めていた。
 本来旅の道中で死んだ者はそのまま捨てて行く。戦で死んだ者も然りである。其れを態々連れ帰るのは王族の誰かだからだ。今回の場合は王后である。
 この三人の帰郷の知らせを受け、将軍の一人が慌てて荷車を引く三人の所にやって来た。将軍は三人を見やり荷車の遺体を見やった。
「何があったんだ ?」
 将軍が問うた。兵士は無言で矢を手渡した。
「此れは…。」
「五瀨様の国で作られている矢です。」
 そう言うと兵士はブルブルと体を震わしながら涙を流し始めた。
「知っている。其れでこの矢がどうしたと言うのだ ? 其方は何故泣いている ?」
「其の矢を使う者達に王后も将軍も…。」
「王后と将軍がどうしたんだ…。」
「殺されました…。」
 震える声で兵士が言った。
「殺された…。」
 其れを聞き将軍は矢を落としフラリと倒れそうになった。其れを迂駕耶(うがや)が咄嗟に受け止め兵士と侍女を見やった。
「其の話は真か ?」
 迂駕耶(うがや)が問うた。
「お、応…。」
「そうか…。」
 と、迂駕耶(うがや)は将軍が落とした矢を拾った。
「確かに…。五瀨が作らせた矢だ。」
「応…。」
「其れで五瀨の兵だったか ?」
「其れが…。不意を突かれての攻撃でしたので敵の姿はみていません。」
「分かった。何にせよ、其方らは生き残り王后を連れ帰ってくれた。」
 と、迂駕耶(うがや)は遺体に掛けられている衣服をめくろうとしたのだが其れを兵士が止めた。
「どうした ?」
「王后が死んで一月が経ちます。既に遺体は…。く、腐っ…。」
「良い。此れも私の務めよ。」
 そう言って迂駕耶(うがや)は衣服をめくった。

 そして…。

 強烈に後悔した。

 死んで一月が経とうとする遺体はデロデロのジュクジュクとなっており、しかも無数のウジが其れを食らっていたのだ。
「何と言う事だ…。此れが妻の最後の姿とは…。」
 そう言って迂駕耶(うがや)はソソクサと衣服を被せ横に置かれている物に目を向け問うた。
「王后の横に置かれている此れは ?」
「五瀨様の正妻です。」
「五瀨の ?」
 と、迂駕耶(うがや)は首を傾げた。
「応…。」
「何故娘が ? 其れに娘にしては小さい様に見えるが…。」
 と、言いながら迂駕耶(うがや)は宇豆毘古(うずびこ)の服に包まれた其れを見やり、宇豆毘古(うずびこ)の服を剥がした。
 出て来た遺体を見やり迂駕耶(うがや)は言葉を失った。王后同様遺体はデロデロのジュクジュクとなり、無数のウジが遺体を貪っていたが言葉を失った理由は其処ではない。
 五瀨の正妻だと言う此の遺体には四股がなく皮も無い。既に顔の判別は出来ないが鼻無く耳も無い…。

 否、此れは目も無いのか…。

 と、迂駕耶(うがや)は此れが五瀨の正妻である事に疑いを持った。
「この者は真に私の娘なのか ?」
 兵士を見やり迂駕耶(うがや)が問うた。兵士はそうだと言いたかったが兵士は宇豆毘古(うずびこ)の服に包まれた姿しか見ていない。兵士が其れを五瀨の正妻だと思っているのは王后と宇豆毘古(うずびこ)がそう言っていたからだ。
「王后はそう申しておりました。」
「王后が ?」
「はい。」
「そうか…。」
 と、迂駕耶(うがや)は今一度其の遺体を見やる。
「間違いありません。其の遺体は五瀨様の正妻です。」
 娘の一人が言った。
「何故そう言い切れる ?」
「その場にいたからです。」
「その場に…。」
「はい。」
「私もおりました。」
「成程…。話は少し複雑な様だ。」
 そう言うと迂駕耶(うがや)は葬儀の準備をする様将軍に言いつけ、三人を公務を行う住居に案内した。
 住居に案内した迂駕耶(うがや)は三人から何があったのかを詳しく聞かされた。話を聞き迂駕耶(うがや)はどの様に答えれば良いのかが分からなくなった。
 三人が話す以前の話は那賀須泥毘古(ながすねびこ)から聞かされ知っている。彼は時間が無いと言った。正妻に危害が及ぶかもしれないと…。
 其の結果が此の三人が話す内容なのだとしたら、五瀨は華夏族に成り下がってしまったと言う事になる。
「自身の行いを隠す為に実の母をも殺すか…。」
「理由は分かりません。其れに私は兵を見ていない。」
 兵士が言った。
「其方らも見ていないか ?」
 二人の侍女を見やり迂駕耶(うがや)が問うた。
「私達は怖くて何も…。」
「見ていないか。」
「はい。」
 と、二人は頭を垂れた。
「良い。怖くて当然だ。」
 と、迂駕耶(うがや)は三人を見やり涙を流した。
「私の息子の所為で…。すまなかった。」
 そう言って迂駕耶(うがや)は頭を下げた。
「お、大王…。何を。」
 慌てて兵士が迂駕耶(うがや)に駆け寄った。
「否、お前達だけでも無事に戻って来てくれて本当に良かった。」
 と、迂駕耶(うがや)は兵士を力一杯抱きしめた。
「大王…。私は、私は何も出来なかったのです。」
「言うな…。全ては私の…。五瀨の…。本当にすまなかった。」
 そう言って今度は二人の侍女の所に行き二人を抱きしめた。
「大王…。」
「其方らにも辛い思いをさせてしまった。全ては私の所為だ。私が甘かったから王后も将軍も…。多くの家族を失った。本当に申し訳ない。」
 そう言うと迂駕耶(うがや)は腰を上げた。
「其方らはゆっくりと休まれよ。」
 そう言って迂駕耶(うがや)は住居から出て言った。
 住居から出ると迂駕耶(うがや)はトボトボと歩き始めた。トボトボ、トボトボと歩き続けやがて見晴らしの良い場所に辿り着くと其処に腰を下ろした。
 此の場所は王后が好きだった場所であり、迂駕耶(うがや)が自分の思いを熱く語った場所でもあった。
 華夏族が作る国とは違い人が楽しく暮らせる国を…。そして華夏族に負けぬ強い国を作る。其れが迂駕耶(うがや)の思いであり、王后は其の思いを支え続けてくれた。だから、子供達にも其れが伝わっていると信じていた。だが、五瀨は華夏族に成り下がってしまった。実の母を殺し、娘を惨たらしく殺した。
「わ、私は…。私は娘の親に何て言えば良い…。私はあの娘を惨たらしく殺す為に迎え入れたんじゃない…。だが、私の息子は娘を…。すまない。すまない…。全て私の所為だ。」
 そう言って迂駕耶(うがや)は泣いた。
 王后を亡くした事…。
 娘を亡くした事…。
 多くの家族が犠牲になった事…。
 全ては自分の所為だと迂駕耶(うがや)は自身を責めた。

 流れ出る涙は止まらなかった。否、流れ出る涙を此の場所に全て流すつもりで迂駕耶(うがや)は泣いた。
 泣いて
 泣いて
 涙が枯れ果てれば後はケジメをつければ良い。其れに大王として人前で泣く事は許されない。何より自身の弱さは国の弱さに繋がるからだ。だから、迂駕耶(うがや)は泣いた。泣いて、泣いて、気がつけば空は茜色に染まっていた。迂駕耶(うがや)はユックリと腰を上げ集落に戻って行った。
 集落に戻ると将軍達を公務を行う住居に招集した。五瀨に対する処遇を伝える為である。迂駕耶(うがや)は将軍達に五瀨から王の位を剥奪し、八重国から追放する旨を伝えた。 
「つ、追放…。大王、其れは余りにも重い処罰ではありませんか。」
 多くの将軍が納得する中、槁根津日子(サオネツヒコ)だけは其れに意を唱えた。
「重い ? 五瀨のした事と比べれば非常に軽い処罰だ。」
 迂駕耶(うがや)が答えた。
「しかし、大王…。まだ、真相は明らかになっておりません。」
「真相 ?」
「はい。私は五瀨様を幼子の時から知っております。確かに幼少の時より意思が強く、冷酷な所もありました。ですが、あの様な酷い仕打ちをされるお方ではありません。」
「何が言いたい。」
「聞く所によりますと、五瀨様を惑わした女がいたとか ?」
「其れで…。」
「もし、其れが本当であるなら…。先ずは其の女を捕らえ真相を明らかにするが先決。其れに王后を殺害したのも五瀨様と決まった訳ではありません。」
「成程…。だが、其の必要は無い。」
「無い ?」 
「左様…。如何な理由があろうと此度の事を招いたのは五瀨だ。二人の妻が五瀨を惑わしたとして、其の隙を与えたのは事実。五瀨の傲慢が其れを許したのだ。確かに王后を殺害したのが五瀨かどうかは分からぬ。だが、娘をあの様な姿にしたのは紛れも無い事実であろう。」
「しかし…。今五瀨様を追放すれば敵国に隙を与える事になります。」
「だからこそ躊躇出来ぬのだ。あの二人が敵国が送り込んで来た女であるなら尚更だ。今更探したとて、今頃は自国に戻っているだろうし、其の隙を突き攻めいられるやもしれぬ。」
「確かに…。」
 そう言って槁根津日子(サオネツヒコ)は俯いた。
「まぁ、話ぐらいは聞いてやる。 」
「大王…。」
「諸国の王と大将軍を招集せよ。その者達の前で五瀨の話を聞こうではないか。」
「諸国の…。つまり、兄弟達の前でと言う事ですか。」
「そうだ。其れに王后の葬儀の事もある。呼ばぬ訳にはいかぬだろう。」
 迂駕耶(うがや)がそう言うと槁根津日子(サオネツヒコ)は軽く頷いた。
 話が終わり外に出ると既に日は沈み真っ暗な闇夜だった。人々は焚き火を囲み楽しそうにナンジャラホイ。ア国の奴婢は奴婢であっても宴会に参加が出来る。だから、非常に賑やかなのである。その中を将軍達はテクテクと歩き伝令兵を探した。伝令兵を見つけると旅支度をする様に伝えた。
 そして翌日。日の出と共に将軍達は書状を書くと七組の伝令兵に其れ等を渡した。
 伝令兵は基本三人で一つの組みを作り旅をする。一人では何かあった時の対処が出来ないし、最悪命を落とす事もある。だから万一に備えて三人で一つの組みを作るのだ。何より旅は危険である。だから、一つの組みは一つの国にしか伝令を届けないのだ。つまり、今回の様に七つの国に伝令を届ける時は七つの組みが編成される事になる。
「宜しく頼む。」
 槁根津日子(サオネツヒコ)が言った。
「応 !」
 と、答えると伝令兵達は足早に集落を後にした。槁根津日子(サオネツヒコ)は不安な表情で溜息を吐いた。
「心配か ?」  
 将軍が言った。
「あぁぁ…。だが、私は信用している。」
「私も信用したい。だが、正妻のあの様な姿をみせられてはなぁ。」
「あれは五瀨様がやったのでは無い。」
「かも知れん。だが、あの国の婢には足首が無い。五瀨様が切り落とさせているそうだ。」
「何が言いたい…。」
 槁根津日子(サオネツヒコ)は将軍を睨め付ける。
「現実を受け入れろ。あれは五瀨様がやったんだ。」
 そう言って将軍は歩いて行った。槁根津日子(サオネツヒコ)は何も言えずギュッと拳を握りしめた。

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