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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 21

王后が五瀨の国を出て三日が過ぎた頃、巡回中の船が大きな葦船を発見した。此の大きな葦船は八重国に攻め入る様な素振りは見せていなかったが直ぐに五瀨に報告された。此の報告を受け五瀨は警戒を強めた。何せ、元正妻の事があって直ぐの事なのだから当然である。否、其れを見越して船を出していたのだ。
 王后が何も言わず帰ってから五瀨はずっと考えていた。だが、如何にも答えを見出せない。だから、念の為にと巡回させていたのだ。

 そして、動きがあった。

 だが、大きな葦船を見たと言うだけでは警戒を強めるだけで確信には至らない。だから、五瀨は尚も敵国と海戦にならぬ程度の距離を保ち偵察を続けさせた。すると、大きな葦船は一隻ではなく何隻もあり、何やら行ったり来たりを繰り返している事が判明した。そして、巡回兵が浜に何かを作っているのに気づいた。
 更なる報告を受け五瀨自身も葦船に乗って其れを確認しに行った。運悪く視界が悪かったので葦船は沖へ、沖へ…。だが、沖に行けば行くほど岸へ、岸へ…。
「おい…。余り近づき過ぎるな。沖に出れば出る程向こう岸だ。」
 五瀨が言った。
「しかし…。今日は視界が悪いです。」
 と、兵達は漕ぐのを止めた。
「構わぬ。十分だ…」
 と、五瀨はジッと向こう岸を見やった。視界は悪いが確かに浜で何かを作っている様子が伺える。大きな葦船は暫く停泊した後、又何処かに向かってドンブラコッコ。
「何を作っている。」
 五瀨がボソリと言った。
「集落…。否、葦船で何かを運んでいる事を考えると…。」
「砦か…。港…。」
 別の兵士が言った。
「砦…。」
 と、五瀨は兵士を見やる。
「砦を作るのに何故葦船がいる ? 現地調達で間に合うだろう。」
「運んでいるのは材料では無く…。人かと…。」
「人… ?」
 と、五瀨は向こう岸を見やる。
 確かに航路なら移動日数を短縮出来る。そして砦に兵を集め攻め入ってくるか…。

 矢張り、敵の狙いは私を孤立させる事だったか…。

 と、五瀨は浜に戻る様に指示を出した。
 浜に戻る間も五瀨はアレやコレやと考えを張り巡らせる。何故五瀨がこれ程まで考えるのか ? 其れは余りにも此の策が陳腐だからである。二人の妻を迎え入れ五年が経つ。此の五年の間に自分と元正妻の信用を掴み、そして裏切った。 

 元正妻を殺し、其れを母上に見せる。激怒した母上が其れを父上に話し父上が私を見放し私は孤立する。

 真逆…。
 本当にそう考えているのか ?

 五年も掛けた策が此の程度のはずがない…。

 と、五瀨は首を捻る。
 だが、実際敵は行動を見せている。否、アレが敵だと決まった訳ではない。偶然と言う事もある。だが、今更間者を出すには遅過ぎる。辿り着く前にバレてしまう。なら、イ国から間者を向かわせるか…。イ国なら向こう岸は目と鼻の先…。否、既に向こう岸には砦が作られている。と、五瀨の考えは矢張り纏まらなかった。

        大壹神楽闇夜
         2章 卑
     3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ)
         策には策を

「確かに…。あれは砦だ。」
 葦船に揺られながら武南方が言った。
「此方の侵攻に対しての物か…。侵攻する為の物か…。」
 五瀨が言った。
「巨大な葦船が停泊している事を考えると侵攻か…。」
「あぁぁ…。三日前から数隻が停泊する様になった。」
「兄上の言う様に此れは陳腐な策かもしれん。」
「だと、良いんだが。」
 と、五瀨は兵士に浜に戻る様に告げた。
 五瀨はあれからも色々考えたが考えが纏まらず、結局武南方にお便りを出す事にした。勿論正妻の足首を切り落とさせた事は内緒に其れ以外は真実を書いて送った。だから、其のお便りを読んだ武南方は大激怒で国を出立し、お便りの受け取りから五日程で五瀨の国に到着したのだった。
「しかし…。敵もふざけた事をしてくれる。」
 遠ざかる大きな葦船を睨め付け武南方が言った。
「まだ敵と決まった訳じゃない。」
「否、敵だ !」
「そう、焦るな。」
「兄上こそ何を呑気な ! 姉上が悍ましい殺され方をしたんだぞ。此方からサッサと仕掛けて潰してしまうべきだ !」
 捲し立てる様に武南方が言った。
「だから、そう焦るな。仮に敵だとしても数も分からねば話にもならん。」
「だが…。」
「意気揚々と言って返り討ちに合うか。」
「それは…。」
「だろ…。」
「だからと指を咥えて見ているのか。」
「あぁぁぁ…。そうだ。」
 と、話している内に葦船が浜辺に到着したので五瀨は葦船から降りた。
「そうだ…って。兄上は本気か ?」
 と、武南方も葦船から降りる。
「武南方…。良いか。もしも、あれが敵なら敵の狙いは何だ ?」
「狙い ? 其れは兄上の国を奪う事か…。」
「そうだ。其の為に敵は五年も掛けて正妻を殺し、其れを母上に見せた。何の為に ?」
「何の ? 其れは兄上と父上を揉めさす為か。」
「そうだ。そして敵は其の隙を突いて攻め入るつもりだ。」
「だから、其の前に…。」
「武南方…。良く考えよ。敵は此の国に攻め入るつもりなんだ。つまり、其れ相応の兵力を用意していると言う事だ。」
「兄上の軍に勝てると…。」
「勝つ為に私を孤立させたいのさ。」
「要するに八重の全兵力を相手には出来ないと言う事か。」
「そう言う事だ。だから、私は其れを利用してやろうと考えている。」
「利用 ?」
「あぁぁぁ。私が父上と揉めていると嘘の情報を流すのさ。」
「嘘の ? どうやって ?」
「良いか。敵は五年も掛けて策を実行したんだ。敵にとっては今からが本番だ。だから、当然未だ私の国に間者は潜んでいる。つまり、嘘の情報を流せば間者は間違いなく其の情報を仲間に流す。」
「成程…。其れで此方は全兵力を持って迎え撃つと言う事か。」
「そう言う事だ。」
「流石は兄上だ。其れで父上や他の兄弟達には ?」
「未だ何も。」
「そうか…。其れなら私達兄弟だけで迎え撃つと言うのはどうだ。」
「兄弟だけで ?」
「あぁぁ。勿論伊波礼毘古(いわれびこ)は抜きだ。」
「何故だ ?」
「何故 ? 其れは父上が伊波礼毘古(いわれびこ)のやり方を認めているからだ。だが、私達兄弟は違う。兄上のやり方こそが正しいと考えている。だから、此の戦に勝利し其れを証明するんだ。」
「確かに。証明するには良い機会だ。だが、私は伊波礼毘古(いわれびこ)を認めている。其の事に変わりはない。大王になるのは伊波礼毘古(いわれびこ)だ。」
「兄上…。其れは父上がお決めになる。」
「否…。決めるのは私だ。兎に角其方は全兵力を此の国に集結させてくれ。だが、くれぐれも敵に悟られるなよ。」
「分かった。其れで兄弟達の連絡は ?」
「私が動くと何かと厄介だ。頼めるか ?」
「まかしてくれ。」
 と、二人はテクテクと歩きながら住居に向かった。
 さて、此の話を聞いていた娘が一人。話は途中からだったが肝心な所はシッカリと聞いていた。娘は何事も無かった様にテクテクと歩き実儺瀨(みなせ)の下に向かった。そして、今し方聞いて来た話を実儺瀨(みなせ)と臥麻莉に聞かせた。
「なんと…。態々此方の手間を省いてくれよったじゃか。」
 話を聞いて実儺瀨(みなせ)が言った。
「ほんまじゃな…。真逆セルフ分裂しよるとは…。」
 臥麻莉が言う。
「じゃが、既に娘は動いておるじゃかよ。」
「其れは其れでええじゃかよ。」
 実儺瀨(みなせ)が言う。
「ええんか ?」
「策に支障はないからのぅ。じゃが、此れは五瀨の策かも知れん。武南方が出した伝令兵の書状をコッソリ拝見せねばじゃ。」
「つまり、伝令兵が寝ておる時にコッソリ読むんじゃな。」
「そう言う事じゃ。」
「其れで問題が無かったら…。」
「阿保確定じゃ。」
 臥麻莉が言った。実儺瀨(みなせ)と娘はクスリと笑った。其れから直ぐに臥麻莉は娘達に鳩を飛ばした。
 其れから又時は過ぎ。三週間が経とうとした頃、伝令兵が五瀨の国に到着した。集落の入り口に立つ番兵は予めア国から伝令兵が来るだろう事を聞かされていたので疑う事なく伝令兵を五瀨の住居に案内した。住居に案内された伝令兵は五瀨に書状を渡した。
「長旅ご苦労だった。十分に休んで行くと良い。父上には近い内に返事を送ると伝えて貰えるか。」
 書状を脇に置き五瀨が言った。
「其れが、大王は早急に返事が欲しいとの事…。」
「早急に ?」
「はい。私に返事を持って帰ってくる様にと…。」
「そうか…。分かった。では、二、三日滞在して行くと良い。其れまでに返事は書こう。」
「分かりました。」
 そう言うと伝令兵は住居から出て言った。
「さて、父上はご立腹か…。」
 と、五瀨は木間をガチャガチャと広げて書状を読んだ。書状の内容は概ね予想通りと言った所である。書状の大まかな内容は以下である。

 先ずは王后がご立腹である事
 次に正妻に対しての仕打ちと二人の妻に関しての内容が書かれていたのだが、此れを招いたのは五瀨の傲慢さであると書かれていた。しかし、大王は此れは敵国の罠である可能性も示唆しており早急な対応が必要とも書かれていた。

 「流石は父上…。見抜いておられる。だが、矢張り母上はご立腹か…。まぁ、あれを見たらそうなるか。」
 と、五瀨はブルっと体を震わした。五瀨は正妻の悲惨な姿は見ていない。だが、散らばっていた目や鼻、耳に舌…。指に肉の破片に干からびた皮。腕や足の骨を見やれば正妻がどの様な残酷な拷問を受けていたかは分かる。
 が…。
 其れは母上の考えだ。
 殺してから皮や肉を削ぎ取ったのか ? 其れとも生きたまま其れをやったのか ? 五瀨は前者だと考えている。流石に住居から悲鳴が上がれば番兵が不審に思い見に行くだろうし、仮に行かなくとも私の耳には入って来る。だが、番兵の誰もがそんな悲鳴は聞いていなかった。
 つまり…。
 殺してから削ぎ取ったのだ。
 だが、母上には生きたままなのか殺してからなのかは分からない。
 と、五瀨は思っているが、勿論此れは間違いである。喉を潰したから声が出なかっただけだし、王后も生きているのを確認している。だが、その事実を五瀨は知らない。つまり、五瀨は自分の考えの中でしか物事を考えていなかった。そして、此の思い違いが敵を軽く見させてしまったのだ。其れから五瀨は策には策と住居に将軍達を集め大王からの書状の話を聞かせた。
「つまり…。どう言う事ですか ?」
 将軍が問うた。
「大王は此度の…。奴婢に対しての傲慢な態度が此度の結果に繋がったと言われている。私達は華夏族に成り下がったのだと…。」
「華夏族に…。其れは言い過ぎだ。私達は…。」
「分かっている。私達は華夏族ではない。だが、大王は私及び将軍や兵士、此の国に住む人々を八重国から追放すると言っている。」
「追放…。其れはあんまりだ。」
「そう、あんまりだ。だから、私は大王に異議申し立ての書状を送り、誤解を解き許して貰うつもりだ。」
「お、大王は許して下さるのでしょうか ?」
「大王も鬼では無い。其れに此れが敵の罠なら揉めている場合ではない。だから、早急に追放処分は撤回して貰う様務める。」
 と、五瀨は嘘の内容を将軍達に話した。話が終わると五瀨は此の話は内密にする様に言いつけた。其れから五瀨は住居を出てテクテクと歩き焚き火の前で立ち止まり木間を焚き火の中に捨てた。
 そして次の日…。
 此の話は見事に広まっていた。


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