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RAIN SONG~another~

 512番。
 それが今のオレの名前。
 あの忌まわしき出来事から、早くも1年経つのか………。
 だが、それも致し方無いことだったんだ、とオレは自分に言い聞かせる。何よりも「守る人」がいるだけで、ここまで変えてくれたのは、彼女だ。
 いや。
「彼女だった」
 というべきか。
 もうオレには関係のないところで、幸せに暮らしていると、そう願うばかりだ。

「早く忘れるべき」

 それが唯一のオレの願い。
 何1つとして、あの娘は悪くない。
 オレと、腐れ縁の悪友が、あの娘を不幸に追い遣った。
 それだけはハッキリとしている。
 そして今もこうやって、目を閉じると感じるのは、甘い記憶。
 いつまでも、いつまでも。


***


「512! 何をしている!」
 刑務官の声でハッとする。部屋の連中はとうに廊下に整列していた。
 そうだった、今日は週に1回の「運動日」だったのを忘れていた。いつの間にかオレは微睡んで、白昼夢を見ていた様だった。
 重い腰を上げて、さっさと列に並ぶ。
「512! さっさとしないか! 規律を乱す様であれば、懲罰室行きだぞ!」
 ここの刑務所はやけに厳しい。
 しかもいつの時代だ?
「懲罰室」だと? 
 笑わせる。
 ただ「反省文を、延々と書かされる只の部屋」に過ぎないではないか。とはいえ、刑務官の機嫌を損なう様な態度を取ったところで、何の得にもならないからな。

「すみませんでした! 512番! 反省しております!」

 心にもない事を言ってやった。
 そして何事もなかった様に、刑務官を先頭に、規則正しい「歩き方」で、オレは隊列を乱す事なく、運動場へと向かった。


 運動場に出たところで、オレは何もする事はない。せいぜいジョギングするぐらいだ。
 刑務所に入ってから、オレは囚人仲間なんて作らなかった。
 元々群れるのが、あまり好きではない。
 1年も刑務所に居て、仲間も作らず、ただただ刑に服す。それで良いと思っている。
 オレは「それだけの事」をしたのだから。
 死刑になっても良かった。
 しかし裁判官は、オレに「死刑」を許してくれなかった。
 オレは人殺しだ。
 いや。
「自分自身を殺害した」
 そう表現した方が良いのか。
 腐れ縁の悪友だったヤツを、ナイフで何度も何度も刺した。あいつはオレ自身だ。腐った肉を喰らって、人の皮を被った獣。それがヤツでもあり、オレでもある。
 だからオレはこの手で、自分を殺した。
 そう思っている。
 だが、それは「守るもの」があってこその行動だった。最初はそんな風には思えなかったが、オレは無理矢理そう言い聞かせるようにした。
 そう言い聞かせ、巻き込まれたあの娘の幸せを願いながら、己の罪に服す。
 これでオレも、あの娘も救われる。
 そう願ってきた1年。
 だった気がする。
 空を見上げる。
 大きく広がる青い空。
 この刑務所からは想像も出来ない、綺麗な青い空。
 そして塀の向こうに繋がっている。
 だからオレは願う。

「オレの事は忘れて、違う人生を送って欲しい」と。


「512番! 面会だ!」
 刑務官がオレを呼んだ。

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