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【物語の現場011】ずらり並ぶ女性66人の名前、融女謝師恩碑裏面(写真)

 写真は、「融女寛好」の第三十五章(最終章)で紹介した融女謝師恩碑の裏面です(東京都大田区、2021.11.15撮影)。

 この石碑、最初、狩野融川の墓の近くで探し回り、見つけるまでに体力消耗してしまいました。とりあえず写真だけ撮り、さっさと帰ろう、と。
 ここで日頃の習慣が幸いします。仏像などを鑑賞する際、必ず横から後ろから、別角度の姿も確認にするってやつ。

 で、石碑の裏に回ってみました。そこで目にしたのが、ずらりと並ぶ協力者の名前。こうした石碑によくある光景。

 しかし、よく見ると、すべて名前の下に「女」とあるではありませんか。ひとつの例外もない。

 思わず数えた。写真上、赤線で示す通り三列になっています。一列目23名、二列目22名、三列目21名。ずらりと並ぶ女、女、女・・・。

 この66人の女性の名前については、赤枠で拡大表示した様に写真に画像処理を施し、自分で解読してみました。その答え合わせは下の文献で。

 安藤昌就「池上本門寺所在の狩野家墓碑と『古画備考』」(「原本『古画備考』のネットワーク」(思文閣出版、2013年)収録の論文)

 ほぼ八割一致。安藤氏の見解と異なる部分は、文字の選択、表記方法ともに自分の第一感をそのまま採用しました。悪しからず。

 そして、「融女寛好」の第三十五章(最終章)で、全ての名前を列挙しました。それがやりたくてこの小説を書いたという面すらあります。それくらい印象深い体験でした。

 また、主人公の小杉栄(後の融女寛好)の人物像を考える上でも大きな影響を受けました。これだけの女性たちを集める人望と実力を持った、尊敬に足る女性だったに違いない、と。

 融女寛好については資料が極めて少ない。一番の手掛かりは彼女の作品です。有名なのは繊細なタッチの花鳥図。そこで、最初、物静かでちょっとコミュ障なお嬢さんが右往左往する話にしようと考えていたのです。それが・・・。

 改めて、何事も現地現物で確認することの大切さと楽しさを確認した次第。

 融女謝師恩碑。女性活躍が叫ばれる今日、その草分け、その象徴として、もう少し注目されてもよい史跡ではないでしょうか。

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