見出し画像

【心に響く漢詩】王翰「涼州詞」~酔いて沙場に臥す、君笑うこと莫かれ

   涼州詞  涼州詞(りょうしゅうし)               
                           唐・王翰  
  葡萄美酒夜光杯
  欲飮琵琶馬上催
  醉臥沙場君莫笑
  古來征戰幾人囘

葡萄(ぶどう)の美酒(びしゅ) 夜光(やこう)の杯(はい)
飲(の)まんと欲(ほっ)すれば 琵琶(びわ) 馬上(ばじょう)に催(もよお)す
酔(よ)いて沙場(さじょう)に臥(ふ)す 君(きみ) 笑(わら)うこと莫(な)かれ
古来(こらい) 征戦(せいせん) 幾人(いくにん)か回(かえ)る

 唐王朝は、法令を整備し、豊富な財力と強大な武力で空前の大帝国を打ち立てました。都の長安は、世界の国々から商人や留学僧が集まり、華やかな国際都市の様相を呈していました。

 宮廷が天下太平をむさぼる一方、西北の国境地帯では、遊牧騎馬民族との交戦が絶えず、出征兵士たちは、過酷な自然環境の中で、明日の命も知れぬ境遇に置かれていました。

 王翰(おうかん)は、盛唐の詩人です。豪放な性格で、酒と名馬と美妓を好み、酒宴や狩猟に明け暮れたと伝えられています。

 王翰は、辺境の地の生活や風物を詠った辺塞詩を得意としました。
 「涼州詞」は、国境の砂漠地帯へ送り込まれた兵士の姿を悲しくも力強いタッチで活写した七言絶句です。

 涼州は、今の甘粛省一帯です。吐蕃(チベット族)との戦における最前線でした。

葡萄(ぶどう)の美酒(びしゅ) 夜光(やこう)の杯(はい)
飲(の)まんと欲(ほっ)すれば 琵琶(びわ) 馬上(ばじょう)に催(もよお)す

芳醇なワインを満々と注いだ夜光の杯。
いざ飲もうとすると、馬上で琵琶をかき鳴らす音が聞こえてくる。

 「葡萄」「夜光杯」「琵琶」、詩の冒頭は、エキゾチックな風物が並べられています。これらはすべて西域原産で、当時、シルクロードを通って中国に入ったものです。

 「夜光杯」は、夜光り輝く白玉の酒杯。あるいは、当時まだ珍しくて貴重だったガラス製のものかもしれません。

 親兄弟を遙か遠い故郷に残し、荒涼とした辺境で死と隣り合わせの戦闘に明け暮れる毎日。兵士たちは、極度の緊張と不安の中、束の間の安らぎを求めて、酒杯に手を伸ばします。

 すると、馬上から「さあ、飲め。もっと飲め」と叫んでいるかのように、酒興を促す琵琶の音が鳴り響いてきます。

酔(よ)いて沙場(さじょう)に臥(ふ)す 君(きみ) 笑(わら)うこと莫(な)かれ
古来(こらい) 征戦(せいせん) 幾人(いくにん)か回(かえ)る

酔いつぶれて砂漠に倒れ臥しても、どうか君よ、笑ってくれるな。
昔からこの辺境に出征した者が、いったい何人生きて帰れたというのだ。

 「沙場」は、砂漠。当時、砂漠といえば、すなわち戦場を意味しました。

 美しい異国情緒が漂う中、泥酔する兵士たちの姿が哀切な情調を醸し出しています。

 万人の胸を打つ悲壮感に溢れ、唐代屈指の傑作とされる珠玉の一首です。


この記事が参加している募集

古典がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?