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いやになるほど甘い

久しぶりに会社でガツン、と言われた。

きっかけは本当に、本当に小さなすれ違いだった。会社のホームページに載っていた古い画像を、今日仕上がったばかりの新しい画像に差し替えた。上司に確認したうえで良かれと思ってしたことだったけれど、ちょうど隣のチームも手配をしていて、結果的に私が仕事を横取りする形になってしまった。ただ、それだけだ。私は隣のチームが動いていたことを知らなかったし、向こうも私が動いていることを知らなった。原因はシンプルなコミュニケーション不足。

いつもなら「あら、もう変えてくれたんだね」で終わるのだけれど、今日はタイミングが悪かったのか、一気に燃え上がってしまったのだ。

「どうして勝手に触るの?ありえないんだけど」

チームリーダーの強い口調に硬くなる。いつもは私が修正をかけているページであること。上司に確認したうえでの作業であったこと。言いたいことは山ほどあるけれど、それを実際に口に出せるほどの勇気が私にはない。

「すみません」

臆病な私は、いつもその一言でその場を早く収めようとしてしまう。

話が終わってデスクに戻る。仕事を続けようとするけれど、一度ぐっと上がった緊張感はなかなか元には戻らない。途中まで作っていた書類の文章を書いては消し、書いては消し、そうして波が静まるのを待つ。

その間にも隣の島から「理解できない」「ありえない」が繰り返し聞こえてくる。最初はそれが嫌で嫌で仕方なかったけれど、三年目にもなると聞こえないふりだって上手になるものだ。

マスクをしているけれど、きゅっと口角を上げる。大丈夫です、と言う顔をしてみせる。そうすれば、本当に、大丈夫だから。

カラカラカラ、と金属の引き出しが開く。パリパリ、とビニールをかき分ける音がする。デスクの隅の、本当に今にも落ちてしまいそうな端っこに、ころん、と小さなどら焼きが置かれた。

「だいじょうぶ?」

隣の席の先輩には、いつも見抜かれる。何かあったときに、これまで何度か置いてくれたお菓子を私は全部覚えている。

「大丈夫です」

にこっと笑ってそれだけ言う。先輩も、それ以上は何も言わない。けれどそれだけで、さっきまで空っぽだった私のコップは一気に水で満たされて、表面はふるふると揺れる。喉の奥がぎゅっとして、痛い。

こぼさないように、そっと持つ。そしてまた、きゅっと口角を上げる。大丈夫です、と言う顔をしてみせる。そうすれば、本当に、大丈夫だから。

定時が来るまでどら焼きは食べられなかった。家で食べよう、と鞄に入れて会社を出る。

家に帰ると、ぴんと張り詰めていたものが緩む。マスクを外す。もう力を入れなくてもいい唇が震える。大丈夫、じゃない。大丈夫、じゃなくていい。

あのどら焼きを、小さく齧る。一口で食べてしまいそうな大きさなのに、ひとつで十分なほど甘い。コップの水が零れる。喉の奥がぎゅっとして、痛い。

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