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【小説】カラマーゾフの姪:ガチョウたち(5)

割引あり

○舞台:2020年の喫茶店。

○一台のパソコンの周りに四人の若者。

○人物
彩田あやた守裕もりひろ:大学院で数学を研究する院生。
曲丘かねおか珠玖たまき:ITフリーランスの女性。彩田の最近の友達。同い年。
弥生やよいけい:彩田の従弟。大学2年生。パソコンで困って相談。
小芳こよし勝市かついち:弥生の友達。アーカイブに興味がある。曲丘にITの技量を試されていた。

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「……まあこれだけ殺気立っているなら、疑いも凡そ晴れたようなものですけどね。未だ疑う要素があるとすれば、あなたのデジタルアーカイブに対する目的がはっきりしていないことです。尤もあなたのように若ければ何も不思議はない。……大丈夫ですよ。あなたは若い。このままアーカイブについて考え続けても、別の領域に鞍馬替えしても、あなたは損はしません。目的が無いならね。この際分野を変えたっていい」
「目的、………ありますよ」
「情報という情報を全て電子化したい……と言ったところですか?」
「……不死と復活…人間の…」
「………は」曲丘は………無防備なまでに——目を硬くした。彩田と弥生も理解が追い付かずにいたことにも、彼女は気が付かなかった。
 小芳は曲丘を………敵意と恥じらいが中和した——眼差しで、些か上目遣いに見た。
「……今、なんて言いましたか」
「………聞こえたでしょう」
「………不死と、復活と…言いましたか」
「……はい。…できるでしょう。今、この時代では、ファンタジーでも妄想でもない。技術として、人間は不死と復活に辿り着く」
「…………本気で言ってるみたいですね」
「本気ですよ。………それがデジタルアーカイブの目的です」
 彩田と弥生が当惑を抑制しているのを見ることなく、曲丘は小芳の目を冷たく視返していた。「どこで、誰に、そんなこと吹き込まれたんですか」
「………吹き込まれるも何も、……自分で考えたことですよ。データさえあれば死んだ人間は甦えらせることができる。そしてその人が死んでも死なない。……児盤こいわ克人かつとさんとかも言ってるじゃないですか。後ジャン・ピムズラーも」
「……ピムズラー…?」
「ええ。フランスの数学者の」
 彩田はその応用数学者の名前を知っていたが、彼を一言で説明することができないために言い淀んでいる内に曲丘が言葉を継いだ。
「あなたが言う不死と復活は、……音声データや言語データを集めて、人工知能によって特定人物の思考や言動を再現するという類のものでしょう」
「イメージとしては。でもそんなに単純でもないでしょう。もっと多くのデータの種類が要る。今生きている人たちなら、データは集められる。でも既に亡くなっている人々、コンピュータ以前の世界の死者を復活させるために必要なデータは何を集めればいいか分かりません。またそれをどう集めればいいかも」
「……人間には、ペルソナというものがあります。相手や場面によって異なる仮面を着けて生きている。それぞれの仮面のいくつかを再現できても、全ての仮面を再現するためのデータは集まらないかもしれない。誰にも見せない一面や、誰も覚えていない愚痴、そんなデータになっていない瞬間の出力にこそ、その自己入力こそ、その人間の核心が表れるものですよ」
「それも踏まえての再生です、空白のデータは取得されたデータを参照して再構成される、だからどんなデータが再構成されるべきか、何が計算されるべきか、……そういう議論が行われなければなりません」
「……あなたが学ぶべきは、ニューラルネットワークでもヒューマノイド・インテリジェンスでも汎用型人工知能でもない。法と倫理ですよ。あなたが学ぶべきは。肖像権、プライバシー権、いやそれ以前に人格権や基本的人権、………不死と復活と絵空事を言いますが、本人の許可も無ければ、死者の冒涜ですよ」
「全ての人間が蘇生すればいいじゃないですか、デジタルで」

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