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トーキョー・ブラック・クリスマス

■2018/12/24 クリスマスイブ



 ああー、という奇声を上げながら、向かいの席の黒須が机に額をぶつけて突っ伏した。無理もない。毎日終電どころか始発で帰り、その数時間後には出勤するという生活が一ヵ月続いている。残業時間は過労死ラインを楽々超え、目がうつろな社員も多い。

「おい大丈夫か」
「ダメに決まってますよ、三田さん」

 そうだよなあ、と、僕も天を仰いだ。顔は脂でべたべたするし、股の間が痒い。冬とはいえ、二日も風呂に入っていないのだ。

「二十四日までの辛抱だぞ」
「にしても、この時期忙しすぎなんですよ、ウチ。ガチのブラック企業じゃないすか」
「繁忙期なんだからしょうがないだろ」
「クリスマスとかマジで消滅すりゃいいのに」

 まあそう言うな、と、僕は黒須をなだめる。

 ウチの会社の事業は「サンタクロースの運営」である。本部は北欧だが、日本エリアの運営の委託を受けているのがウチだ。対象となる「よい子」の選定やプレゼントの調達、ソリのルート立案などが主な業務になる。特に、クリスマスを控えた一ヵ月は激務だ。

「だいたいね、日本なんて煙突のある家なんてそうないですし、相性悪いんですよ」
「そんなの、前からわかってることだろ」
「最近のガキはサンタなんか信じませんし」
「でも、一定数、信じている子もいるからね」

 黒須はぶつくさと文句を言いながら頭をかきむしる。黒須が担当しているのは、対象家庭への侵入ルートの調整である。ヒゲのサンタが気づかれずにプレゼントを置いて来られるようにしなければならないが、狭い上に密集している日本の住宅では至難の業だ。もし、存在を気づかれて不法侵入者と勘違いされてしまうようなことになったら、本部から業務委託契約を解除されてしまう。

「いっそのこと、サンタじゃなくて、ドローン配送にしません?」
「Amazonじゃねえんだからさ」
「クロネコでもいいですよ」
「断られるだろ。向こうさんも大変なのに」
「だって、トナカイのソリに乗ったジジイより効率的じゃないですかあ」

 いや、そりゃそうだけど、と、僕はため息をつく。気持ちはわかるが、それを言ったら終わりなのだ。

「決めた。三田さん、俺、会社辞めます」
「え、おい、ちょっと待てよ」
「このままじゃ過労死一直線ですもん」

 黒須に辞められたら困るが、辞めるなとも言えない。事実、僕もプライベートと健康を犠牲にしているのだ。辞めたいと思うこともしょっちゅうだ。

 微妙な空気に包まれていると、隣の部署の人間が「置き場がない」と言いながら段ボールを置いて行った。おい、こんなもん置いていくな、と黒須が怒鳴る。

「なんだよこれ、邪魔くさい」

 段ボールの中には、とんでもない量の書類が詰まっていた。黒須がぶつくさ言いつつ、書類に目を通す。数枚めくると、また、ああー、と奇声を上げ、自席のPCに向かった。

「ま、二十四日まではやってやりますよ!」

 僕は段ボールに手を伸ばし、黒須が見た書類を取り上げた。どうやら、ユーザーからの反響をまとめたもののようだ。

 ――サンタさん、プレゼントありがとう!
 ――いい子にしてるから、また来年も来てね。

「三田さん、今年こそ、ホワイトクリスマスになりませんかねぇ!」

 東京では過去三十年間、一度もクリスマスに雪が降ったことはない。なるわけねえだろ、と、僕は笑った。

小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp