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レイ君の野望

■2019/02/11 建国記念の日


 レイ君というのは、小学校時代の同級生だ。彼と話すようになったのは、給食の時間に牛乳が苦手で飲めずにいた僕がいじめられていたところを助けてくれたからだ。

 レイ君は変わった子だった。将来何になりたい? という質問には、必ず「王様」と答えた。なんでも、王様になって自分の王国を建国するのが夢なのだという。僕を助けてくれたのも、家来にするためだったそうだ。
 王になるためにはどうすればいいか。レイ君は、馬とお妃が要る、と考えていた。王に美しい妻は必要だし、王たるものは馬に乗れないとだめらしい。当然、クラスメイトからはめちゃくちゃバカにされていた。

 僕はレイ君が王になる前に中学生になり、学校が離れ離れになった。風の便りで変人王・レイ君の噂を聞くこともあったが、高校、大学とさらに大人になるにしたがって、僕の記憶からレイ君は消えていった。

 再び彼を見たのは、社会人になって二年目のことだった。可もなく不可もない大学を出て、あまり待遇のよろしくない企業に就職した僕は、テレビでレイ君を見ることになって仰天した。彼は、カラフルな服を着て、大勢の人々の前で大きな金色のカップを誇らしげに掲げていた。レイ君は、「王は馬に乗る」ということを突き詰めた結果、競馬学校に入学して騎手になったようだった。
 レイ君は天才騎手として多くの人に愛された。美しいサラブレッドを駆り、連戦連勝。数多くの賞を受賞した。最多勝利騎手、最高賞金獲得騎手。つまり、彼は「賞金王」という王になったわけだ。二十五歳で元タレントの女性と結婚し、その後も破竹の勢いで勝ち続けた。彼は、少年時代に誰もがバカにした夢を、見事に叶えたのである。

 けれど、騎手として絶頂期にあった三十五歳のある日、レイ君は突如引退を宣言し、表舞台から姿を消した。その後、レイ君が何をしているのかもわからず五年を過ぎた頃、僕の元に一通の手紙が届いた。差出人は、レイ君であった。拝啓、から始まるまどろっこしい文章を要約すると、北海道に遊びに来ないか、というお誘いだ。

 そして今、北海道のとある牧場を訪れた僕の目の前には、威風堂々としたレイ君がいる。四十歳になり、ワイルドな髭を蓄えた王は、小柄ながら威厳に満ちた容貌になっていた。レイ君は颯爽と馬に乗って僕の前に現れると、慣れた様子で馬から降り、僕の手を握った。

 牧場内を連れ立って歩きながら、僕が「どうして騎手を引退したのか」と聞くと、レイ君はなぜそんなことを聞くのか、と言うように首を傾げた。そして、「王様になりたかったから」と迷いなく答えた。王様に必要なものは、馬やお妃だけではなかったのだ。自らの国がなければ王とは言えない。そこで、レイ君は騎手を引退し、北海道の広い土地を購入。自らの牧場を作り上げたのだ。馬だけではなく、牛や羊もいる大きな「動物王国」だ。これこそ、彼が求め続けたものだった。

 レイ君は僕に、この「王国」で働かないか、と言った。王国には家来が必要だから、と。僕が会社でパワハラにあって退職し、今は無職であることを、レイ君はどこかで聞いたのかもしれない。偉そうに胸を張るレイ君を見ているうちに、ぐっと目頭が熱くなった。

 レイ君の美しいお妃様が、外で話し込む僕たちに、搾りたての牛乳を持ってきてくれた。僕が「牛乳はちょっと」と言おうとする。だが、「この国では、毎日牛乳を飲まねばならない」と、王は僕に厳命を下した。

 澄んだ空気と一緒に牛乳を飲む。味はやっぱり苦手だけれど、それでもおいしかった。すべて飲み干し、「ありがとう」と言葉をひねり出すと、レイ君は大笑いしながら、高らかに王国の建国を宣言したのだった。

小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp