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賃金引上げについて

サラリーマンの立場としては、給料が上がるのは好ましい。どんどん上げてもらいたい。でも、冷静に考えれば、「失われた30年」などと言われ、ずっと経済の成長が止まっていて、それどころか長らくデフレが続いている国で、ちょっとインフレになったからと、給料ばかり引き上げようとしても、無理があることくらいは、容易に想像がつく。

労働分配率(=企業の生む付加価値のうち従業員の取り分を示したもの)を国際比較してみると、だいたい、米国 > 日本 > 欧州、といった具合となるようであるが、総じて近年は、どこの国の労働分配率も伸び悩んでいる。

その理由としては、<経済の成熟化と関係が深い。金融、サービスなど非製造業の比率が上昇。製造業でもIT(情報技術)やロボットを活用して多くの仕事が人手から機械に置きかわり、賃金が伸びにくくなっている。>という見立てがある。

また、労働分配率が低迷する一方で、<企業がコーポレートガバナンス(企業統治)を重視する経営を進めている影響もある。労働分配率が下がる一方で、株主への利益還元は右肩上がりが続いているからだ。>ということで、各企業とも、従業員よりも、株主への利益還元を重視するトレンドがうかがわれる。

結局のところ、これは、「パイをどう切り分けるか」の問題である。パイの大きさが年々拡大している状況であれば、分配のやり方が同じであっても、あまり文句は出ないのだろうが、近年のようにコロナ渦によって企業収益が落ち込む中で、従業員に対してだけ手厚くするというのは、そもそも無理な話であるが、政治家や労組は、自分たちの人気取りもあってか、「賃上げ」を主張する。でも、本来ならば、今の日本において本当に優先すべきなのは、経済成長(=パイの大きさを拡大させること)であって、分配率の調整(=賃上げ)ではないはずである。

さらに言うならば、日本において、もっと考えなければならないのは、「総論」としての「賃上げ」というよりも、「同一労働同一賃金」の徹底の方であるように思う。つまり、「人件費」なるものの公正な配分の方であろう。

正規雇用の正社員と同じ仕事をしているのに、非正規雇用の契約社員とかパート、派遣社員は、不安定な身分で、安い賃金でこき使われているというのは、明らかに「同一労働同一賃金」の原則から外れている。これは民間企業だけの問題ではない。役所や学校であっても、非正規雇用身分で低賃金で働かされている人たちは存在する。人件費の総額を増やせないオトナの事情に基づく「調整弁」みたいな扱いを余儀なくされているのだ。

日本で長らく行なわれてきた「終身雇用制度」「年功序列型人事」が制度疲労を起こしつつあるのは明らかであるが、そこからなかなか脱却できず、いまだ「メンバーシップ型雇用」から「ジョブ型雇用」に切り替えられていない矛盾を、非正規雇用の労働者が背負わされているとも言える。

一見同じような仕事をしていても、職責が違うから、同一労働とは言えないというのが、企業サイドの言い訳であるが、実態として正社員と大差ないような仕事まで押しつけられている非正規雇用の労働者は間違いなく存在する。雇用契約には明記されていないような仕事を押しつけられても、弱者である彼らは雇用者に対して否とは言えない。

いわゆる「役職定年」も、「同一労働同一賃金」の原則の「抜け道」として使われている。それまでの職責から完全に解放して、責任の軽い仕事だけに専念すれば良いのであれば、まあそれはそれで仕方ないかなと思うのだが、企業によっては職責は以前と大差なく、給料だけ下げるといった不適切な運用をしているところもある。こういうのは、いろいろな言い訳はあったとしても、年齢による差別であり、単なる給与カットの口実である。

男女差による賃金格差も確実に存在する。僕がいた銀行では、「総合職」「事務職」という職制の区分があって、「総合職」 > 「事務職」といった感じで、職制間で大きな賃金格差があった。それだけであれば、職責が異なるので仕方ないという話であるが、実態として、「総合職」はほとんどが男性、「事務職」はほとんどが女性である。もちろん、「総合職」として採用される女性もいるが、比率的には半分よりもかなり少ない。逆に「事務職」の男性というのもゼロではないが、かなり特殊なケースである。

もっとややこしいのは、「総合職」として採用されたものの、職務遂行能力や適性の問題で、「事務職」と同じレベルの仕事しかできない社員もいるし、「事務職」として採用されたが、優秀さを認められて、事務部門で管理職として登用される社員もいる。

それでも、「事務職」で管理職に登用されても、「総合職」平社員と年収ベースでは大差ないレベルだし、事務部門の仕事しか任せられていなくても、「総合職」管理職は「事務職」管理職を年収で遥かに上回る。

つまり、職制と職務内容にねじれが生じており、突き詰めれば、その根本的な原因は男女差に行き着くのだ。たぶん、同じような現象は、どこの企業でも見られるのではないだろうか。

つまり、総論的な話として、「労働分配率」を引き上げるとか、「賃上げ」をするとかいう話も重要かもしれないが、各論的な話として、雇用形態、年齢、性別といった区分を理由として、「同一労働同一賃金」の原則が骨抜きとなってしまっていることに対して、もっと目配りをするべきだし、きちんと議論をすべきではないだろうか。

今の日本では、約4割は非正規雇用身分である。4割というのは無視できない大きさである。これらの人たちが不安定な雇用契約、安い賃金での労働を強いられている。そんな状況で、結婚しろとか、子どもを産めとか言われても、むなしいだけではないだろうか。

さらに言うならば、国の責任に基づく「業界ごとの賃金格差」問題がある。具体的に言えば、医者の収入が高いのも、介護施設の職員が低賃金なのも、国の決めた制度が原因である。要するに医療保険制度に基づく診療報酬、介護保険制度に基づく介護報酬を見直せば、医者の給与水準を下げることもできるし、介護職員の給与水準を引き上げることもできるはずなのだが、そうならないのは、国がそうしないからであり、もっと言えば、そうしないように圧力をかけている人たちがいるからである。介護業界などは、「官製ワーキングプア」の温床みたいなものだし、保育士なども似たようなものである。

つまり、単に「労働分配率」「賃上げ」だけを議論するのではなく、業界ごとの所得格差問題まで視野を広げて議論した方が良いと思うし、それができないのはどういう理由に基づくものなのかという話についても議論すべきなのだろうが、長くなったので、この話については、また改めて書いてみたい。


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