【童話】ぷるん to とげとげ
これはむかしむかしの大昔、人里離れた深い山の中のできごとでございます。
森の奥深くにひっそりと隠れた小さな草はらに、「ぷるん」という美しい生き物が住んでおりました。
ぷるんは、キャベツくらいの大きさでまん丸い形をしておりました。そして、その身体は柔らかく半透明に透き通っていて、薄い虹色にきらきら光っておりました。
ぷるんには大きな目と小さなお口がついておりましたが、手足は生えておりませんでした。嬉しいことがあると、ぷるんの身体は小さく波打ち、よりいっそう強く虹色の光を輝かせながら、ころんころんと草はらを転がって喜びを表すのでありました。
ぷるんは、森の動物みんなからとても愛されておりました。
ぷるんの身体はもちもちとしていて、夏はひんやりと冷たく、冬はぽかぽかと暖かかったので、ぷるんに触れた動物たちはとても幸せな気持ちになれたのでございます。
悲しいことや辛いことがあるたびに、動物たちはぷるんの住む草はらに来て、ぷるんを抱きしめ、優しく撫でて気持ちを落ち着かせたのでございます。
ぷるんは言葉を話すことができませんでした。
その代わり、体全体を震わせて鈴を転がしたようなとてもきれいな音を出すことができました。
ぷるんは、その音で素敵な音楽を奏でることが得意でございました。
満月の夜になると、ぷるんは森の動物たちの前で音楽会を開きました。
その夜は、朝日が山の合間から昇ってくるまで、美しく切ないメロディーが山々に響き渡りました。
音楽会には森中の動物たちが一匹残らず集まってまいりました。
普段は恐れられているオオカミや大蛇も、この時ばかりはウサギやシカや野ネズミ達と一緒に大人しく音楽に聴き惚れていたのでございます。
ぷるんも森の動物たちが大好きでした。
天涯孤独だと思っていた自分といつも仲良くしてくれたからでございます。
ぷるんは動物たちと鬼ごっこをして遊ぶのがお気に入りでした。
草はらを一所懸命ころころと逃げていると、とっても幸せな気持ちになれました。
ぷるんは森の動物たち全員を自分の家族のように思っていたのでございます。
ある日、ぷるんが草はらでのんびりひなたぼっこをしていると、見たことのない大きなカラスがバタバタと飛んできて、近くの大木の枝にとまりました。そして、興味深げにぷるんのことをジッと見つめました。どうやらそのカラスは、遠い人里から森に遊びに来たようでした。
カラスは光るものが大好きでございます。カラスは、ぷるんが森の動物たちから大事にされていることも知らずに、ぷるんの上にふわっと舞い降りると、鋭いくちばしで突っつき始めたのでございます。
ぷるんは草はらをゴロゴロ逃げ回りましたが、何度も何度もつっつかれてしまいました。
やがて、飽きっぽいカラスはバタバタと飛び去っていきましたが、ぷるんは手ひどい傷を負ってしまいました。
ぷるんはその痛みに耐え切れずに泣きながら草はらの片隅でじっとうずくまっておりました。
しかし、ぷるんの身体はとっても柔らかかったので、ちょっと見ただけでは傷があるようには見えなかったのでございます。
そのうち、いつものように森の動物たちが次々にやってきては、ぷるんを抱きしめて撫で始めました。
ぷるんは痛さに身もだえしながら動物たちから逃げようとしました。
でも動物たちは、いつものように鬼ごっこがしたいのだなと勘違いして、ぷるんを追いかけまわしたのでございます。
ぷるんは、みんなに触られるのが嫌で嫌でしようがありませんでした。
でも、言葉を話せないぷるんは、それをみんなにうまく伝えることができませんでした。
みんなに触られるので、ぷるんの傷はなかなか治りませんでした。痛みもいつまでも引くことはありませんでした。
そして、みんなが身勝手に自分にべたべた触ってくることをとても鬱陶しく思うようになっていったのでございます。
ぷるんは考えました。
『少しの間、みんなに触られないようにしよう。』
次の日、ウサギのお姉さんが恋人にふられた悲しい気持ちを癒すために、ぷるんのところにやってまいりました。
ぷるんはウサギの手が自分に伸びてきたのを見て、身体にグッと力を入れました。
するとぷるんの身体に大きくて真っ黒なトゲがニョッキリ生えて、ウサギの手をチクりと刺したのでございます。
ウサギのお姉さんは悲鳴を上げて逃げていきました。
『おお、これはとても素晴らしい。』
ぷるんは満足いたしました。
次に、夫婦喧嘩をしたキツネのお父さんがやってまいりました。
ぷるんが再び身体に力を入れると、今度は大きなトゲが2本ニョキニョキと生えてまいりました。
2本のトゲはキツネの手と身体を傷つけました。
キツネのお父さんはびっくりして走って逃げ出しました。
それから、森の主の大きなクマが遊びに来ました。
ぷるんが思いっきり力を入れると、大きなトゲがニョキニョキニョキニョキと10本生えてきました。
ぷるんを優しく抱きしめようとしたクマは体中をトゲに刺されたので、驚いて目を白黒させて逃げていきました。
ぷるんはとても満足いたしました。
『これでみんなに触られなくてもすむ。嫌な思いもしなくてすむ。』
『そうだ、いっそのこと体中をトゲだらけにすれば、カラスにもいじめられないし、寝ている時でも安心だ。』
そうしてぷるんは、あらん限りの力を身体に込めました。
すると、真っ黒な鋭いトゲが体中からニョキニョキと生えてきたのでございます。
トゲだらけのその姿は、まるで大きなウニのようでございました。
そして、ぷるんは安心して眠りについたのでございます。
さて、それからひと月余りが経ちました。
最初のうちはぷるんに会いにきていた動物たちも、ぷるんのトゲに傷つけられて、今では全く姿を見せなくなりました。
そのおかげで、ぷるんの傷もようやく癒えて、痛みもやっと消えたのでございます。
ぷるんはふと思いました。
『そういえば森のみんなとしばらく遊んでいないな。』
『寂しいな。そろそろトゲを引っ込めよう。』
ぷるんはトゲを引っ込めようといたしました。
ところが、身体中にみっしりと生えたトゲはまったく引っ込むことはなかったのでございます。
『これじゃあ、誰も僕と遊んでくれない。』
ぷるんはとても困りました。
その時、草はらの近くをウサギのお姉さんが通りかかりました。
ぷるんが遊んでもらおうとゴロゴロと転がって近づいていくと、ウサギのお姉さんは悲鳴を上げて逃げ出しました。
ネズミもヘビもタヌキもオオカミもクマでさえも、ぷるんの姿を見ると逃げ出していったのです。
あんなに仲良くしてくれた動物たちは、誰一匹としてぷるんに近寄らなくなってしまったのでございます。
ぷるんはとても悲しい気持ちになりました。
『そうだ。今夜は満月だ。久しぶりに音楽会を開いて、みんなと仲直りをしよう。』
満月がお空の一番高いところに昇ったころ、ぷるんは身体を震わせて音楽を奏で始めました。
でも、ぷるんのトゲだらけの固い身体からは、ギギギ…ガガガガ…と耳障りでとても嫌な音しか鳴らなかったのでございます。
「うるさいぞ、とげとげ!」
「やめろ!とげとげ!」
「食ってしまうぞ!とげとげ!」
森のあちこちからぷるんを非難する怒鳴り声が聞こえてまいりました。
ぷるんは知りませんでした。
いつの間にか、ぷるんは「とげとげ」と呼ばれてみんなから嫌われていたのです。
トゲはぷるんを守ってくれましたが、友達はみんないなくなってしまったのでございます。
こうしてぷるんは、今でも山奥の小さな草はらで、とげとげの身体のままひっそりと暮らしているのでございます。
おしまい
哀しい結末は嫌だっ!という方は ↓ を御覧ください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?