ドラマ・映画感想文(03)『FIRST COW(ファースト・カウ)』

制作年:2020年(日本公開は2023年)
公式サイト:http://firstcow.jp/
 
※本稿末尾において映画の結末にかかわるネタバレを含みますので、ご注意ください。
 
映画に詳しいわけではないので、本作のケリー・ライカート監督の名前やA24という配給会社を聞いても、正直ピンと来ない。映画ファンの方には笑われるかもしれないが。
 
ではなぜ本作を観に行ったかと言うと、キネマ旬報の専門家レビューで好評価だったから。映画を年に20本も30本も観るわけではないが、この専門家レビューはよく見る。映画を知るためではなく、レビューを読むこと自体が楽しいというか。
 
本作は、専門家3人のうち2人が★5つ、残る1人も★4つ。どんなにいい映画でも1人くらいは★1〜2をつける人がいるのが普通なのに、珍しいなと思ったのがきっかけ。
 
調べると2020年に海外(アメリカ)で公開された映画らしく、3年のブランクを経て本邦でも公開されたという運び。
 
インディペンデント映画(アメリカのメジャー制作会社から独立して自前で制作していることを指すらしい)だからか、日本でも上映館は限られている。シネコンではあまりやってない。
 
都内で探すと、ヒューマントラストシネマ有楽町というところでやっていた。初めて行ったが、想像より小さくて驚いた。80席くらい?そういえば昔、早稲田松竹に行った時もこんな感じだった記憶。椅子は座り心地良かったが、スクリーンはさほど大きくない。お客さんも玄人映画ファンっぽい人たちばかり。夜遅い回だったからというのもあるが、皆一人客。カップル、友人のような人達は皆無だった。
 
そんな玄人ファンらしき観客で、席は結構埋まっていた。日本で公開が始まって1か月経っていて、しかも夜遅くにこれだけ来るのは、やはり話題作の証。
 
前置きはこれくらいにして、本編の感想を。
 
ゆっくりめのテンポ、少ないセリフ・BGM、森の中の環境音、静かで暗い夜のシーン、そこに灯るランプや蝋燭。自分が観に行ったのが夜遅い時間だったからというのもあるが、少し眠くなった。でも映画がつまらないわけではない。静謐で落ち着いたタッチで描かれる映画は、どんちゃん騒ぎでスリリングな展開の系統よりも好き。
 
クッキー(ジョン・マガロ)の優しいふるまいには、観ていて普通に心が和んだ。それに感化されたか、ルー(オリオン・リー)もクッキーを寓居に招き、冒雨剪韭のもてなし。ゆっくりしていてくれと言われる。しかし、クッキーは、部屋の掃き掃除に花を生けたりと、じっとしていられない。根っからのいい奴だということの説得力が、リアリティを伴って画面の中で横溢する。
 
牛に対してすら優しい。その牛は夫と子を亡くした未亡人。仲買商(トビー・ジョーンズ)に飼われている。クッキーは盗みとして乳搾りをしているのだが、そんな最中でも牛に慰めと労いの言葉をかける。牛もその優しさが分かるのか、仲買商の前で無邪気にクッキーに懐く。
 
それにしてもこの牛は美しかった。毛並みが艶やかなうえに、芙蓉の眦。弊衣破帽に身を窶す住人たちとの対比を際立たせる役目を果たしている。それでいて、演技もうまい。名女優。
 
最後に、ラストシーンについて。結末に関するネタバレを含みますので、未鑑賞の方はお控えください。
 
 







 
 
 
 
 



 
ここで終わらせるのか…!と唸ってしまった切れ味ある終わり方。余計な説明も派手な演出も無く、贅肉を削ぎ落したような潔い終わり方が、逆にいつまでも残る余韻を生む。そして、あの冒頭のシーンへとつながる。
 
2人が死んだのは、映像に登場していた仲買商の追手(刺客)に殺されたからだという解釈が自然だと思うが、そうではなく、以下のような考え方は成り立たないだろうか。
 
クッキーはケガにより意識が混濁気味だった。横になって間もなく死んでしまった。それを知ったルー。亡骸を放置してその場を立ち去り、手元の金で生きていくこともできる。しかし、そうしなかった。友人クッキーの横で、幽冥界まで添い遂げることを選択した。
 
銃を持つ追手(刺客)は映るが、2人が撃たれるシーンは無い。それは、こういう解釈の余地を残すためとも考えられるのではないか。この流れの方が、友情を描く本作の意図と整合的な気もするし、より胸に響く。
 
ただ、真相は明かされていないので、なんとも言えない。鑑賞者が決めることだろう。
 
このラストシーンに限らず、必要以上の説明はしない映画だった。これに比べると、日本の映画・ドラマはいかに説明が多いか。十把一絡げに論じてはいけないが、その違いは顕著だろう。観る方に集中力と読解力が必要とされるが、それゆえの楽しさがあるのは洋画ならではだと改めて思った。

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