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ソーシャルダンシング⑩

突き飛ばしてから、へたへたとそこに座り込んだ。
手指の先がしびれていた。

ナルミは突き飛ばされて、クローゼットの奥に横たわっている。
目は開いているが、何も言わない。泣きもしていない。
ゆっくり体を起こして、膝を抱えて座った。

横に人の気配がして、目を上げるとそこにはあの子が立っていた。

「一番バカなのは誰か、まだわかっていないの?
あなたたちみんなバカだって、わかってないの?

JDAから、わたしにスカウトが来てたわよ。
もちろん断ったけど。
さっき言ってたチャンスって、なんの?

だれが偉いとか、だれが威張っていいとか、そんなくだらないことをするのはばかばかしいってどうして気づかないの。
そしてそれを判断している基準だって、だれかが決めたものなのにそれにどうしてだまってのっかるの。

勘違いしているみたいだけど、わたしが学校に行かなくなったのはひとつも学ぶところがないからよ。
いじめられたからじゃない。
いじめられたり、いじめたり、いつまでも飽きもしないでやっているくだらなさにどうして気がつかないんだろう。

誰かが作った基準にみんなでわーっと群がって、そこであくせくしていて何が楽しいの?
そしてその中でだれが上とか、だれが下になったとか、そんなことしか見ていなくて、そんなことで頭をいっぱいにして、それが賢いなんてどうして思えるの?

わたしが変わった踊りをするからいじめられるんだ、って前に言ったよね。
やめろって言ったよね。
今度は、それで東大やJDAに行け、無茶苦茶な論理だってわからない?

あなたたちみんな誰かが書いた筋書きのマリオネットに喜んでなっているのに、
思うように動けないって悩んでるだけじゃない。
じゃあ、マリオネットをやめればいいってどうしてならないの?

役に立つことだけしていて、役に立たないことだらけになっているのに気づいたら。

もうわたしがこの家にいるのは、これでおしまい。
来週にはWDA(ワールドダンスアカデミー)に入ることになったから。
だからもうこんなことも言わない。
でもナルミは守ってあげて。

人は、誰かを守ってあげて、守ってもらうためにたくさんいるんだよ。
競争するためにたくさんいるんだと思っているみたいだけど。
偉い人なんかいないんだよ。
劣っている人もいないんだよ」

そこまでゆっくり一息に言い終わると、踵を返して部屋を出て行った。
机の白い光に、窓から差し込む月の光が重なっていた。

(続く)

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