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様々な感情が強く強く湧き上がる名シーンの数々に、ただただ胸を締め付けられる (「anone」第9話レビュー)

胸が締め付けられるように苦しくなる第9話。切なさ、悲しさ、様々な感情が強く強く湧き上がる名シーンと呼ぶべき数々の合間に、最終話への重要な布石が差し込まれる。最後の伏線の回収と結末に導く道筋が一瞬見え隠れするが、すっかり心を感情に支配されながら見てしまうこちらは、その布石に理性的に対応できない。

前回、第8話では映像には映し出されないながらも香澄(藤井武美)の心が潰れる音を聞いた。第9話、まず冒頭では中世古(瑛太)の救いようのない孤独さを沁みるように感じることになる。中世古の妻(鈴木杏)に対する思いについて正しく捉えるヒントを与えられていない私には、妻からの完全なる拒絶反応に対して彼の本心がどう動いているのかを上手く推測できない。感情の見えない表情は絶望とも怒りとも諦めともとれるが、あのシーンでただ一つ輪郭をはっきりさせるのは中世古のどうしようもなく救いようのない、孤独そのものである。

ハリカ(広瀬すず)の恋をいじらしく見守る疑似家族、そして亜乃音(田中裕子)がプレゼントしたワンピース試着のくだりと温かな表現が続いたあと、ハリカと彦星(清水尋也)の心が同時に潰れるのを私たちは目の当たりにするこ。病院のシーンに言及するその前に、悲しい結論を生み出す理由となるハリカと香澄の喫茶店でのシーンについても語らずにいられない。前回でお役御免となったかと思いきや、今回の香澄(藤井武美)が物凄くいい。1人の恵まれた女子高生としての、届かないだけの恋心と、自分の行動に対する嫌悪、目の前のハリカに対する複雑な気持ちのぐちゃぐちゃ具合の表現の質が本当に高い。「ごめんね、割り込みしようとしちゃって」という台詞に含まれる言葉そのままの気持ちと、自虐に近いぶっきらぼうさと嫉妬が強く伝わってくる。ハリカと香澄の対峙シーンは、るい子と亜乃音の初対面時の対峙シーンと対になると言っても良いような、やりとりの中での微細な心の動きに対する表現が素晴らしくいつまでも見ていたいほどだった。女二人の対峙シーンの全体的な質の高さはこの作品全体の一つの特徴とも言えるだろう。

ハリカと彦星の苦しすぎる病室シーン。「相手を思うがためにわざと相手を傷つける嘘、という優しさ」という展開そのものはドラマ・映画・小説、あらゆる物語の中でお馴染みなもので、それそのものに驚きは無いし、個人的にはあまり好まない。ただ今回のシーンがこれだけ良いのは、最終的にハリカが彦星の心を全力で傷つけにいくまでの小さな嘘の積み上げ方ではないかと思う。伝える内容を心に決めながらも、「会える」ことに対する心踊る瞬間がきちんと見える序盤から、お別れの時が近づくに従って、小さな嘘から大きな嘘へと言葉が動いていく。ワンピース姿を「そう、だね、いつもと同じ格好」と答える小さな嘘に、見ている私たちは同じくらいの小さな違和感を感じる。「映画見て、ごはん食べにいく約束してて。待っててもらってるから。」「入院してる知り合い」という中くらいの嘘に中くらいの違和感。「悲しい漫画読んだりするみたいに、楽しんでた」に対して、私たちは第1話で彼女がどこかそう思っていたことを知っているけど、もう全然そうじゃなくなっていることもとてもよく知っている。自分の言葉と相手の反応を泣きながら否定しながら嘘をつきつづけ、「君のこと、面倒くさくなっちゃった」で潰れる彦星の心と、渡せないぶどうパンでぐちゃぐちゃになるハリカの心が、こんなにも近くにいるのに決して結ばれないさまは本当に胸が締め付けられるとしか言いようがなかった。そして第2話の「削除よろしく」がこんなに悲しい場面で使われるとは思いもしなかった。

このドラマは、CMに入る前の提供スポンサーのアナウンスとロゴ表記がされている時間にそこそこ重要なシーンを挟んでくるのがちょっとした特徴だ。病室の前で泣き崩れるハリカを彦星の弟が見つけるシーンもまた、スポンサーロゴ被りでありながらも一筋の望みを残してくれている。

10年以上ぶりに会った10代の2人の間には、ハリカの優しい嘘、という大きな壁ができてしまったのに対して、元々「死に場所探し」の旅に出ていたるい子(小林聡美)と持本(阿部サダヲ)という中年2人は、その優しい嘘を乗り越えて一緒にいることを選択することになる。対照的な2組のカップルの一旦の帰結は、言ってしまえば年齢と共に積み重なる人生経験が作用しているようにも思えて、だからこそ若い2人の切なさをより増しているようにも思える。

ここまで酷く胸を締め付けられた話をしてきたが、どう考えても重要なのが陽人のシーンだ。学校で先生から手紙を渡された陽人を見て、だめだよ、だめだよ、と心の中で思う。そして中世古と春人とのシーンがやってくる。このシーンの、陽人のセリフ直後の音の切り方が、一瞬真っ白になった中世古の頭の中を音だけで正確に表現していて物凄く良い。

が、シーンとしてあまりにも短く、それがどういうことなのか、これからどうなるのか、むしろ今までのことは一体何だったのか、そんなことを十分に考える間も無く次に進んでしまう。つまり腰を落ち着けて考えられる今になってようやくあのシーンの意味合いを考えることができるのだが、陽人の気づきは偽札作りのそもそもの発端が大きく崩れてしまうことになるわけである。中世古の脅しもまた一つの発端だったとしても、陽人の心を守るためにみんなで作っていた一つの「優しい嘘」が誰のせいでもなくバレてしまいそうになっている。彼がひとりでに思い出し、自分が原因で1人死んでいる、という事実に気が付いてしまうという悲劇と、それによってそれまでの偽札作りの理由が全て失われるという悲劇。ここからどんな結末に辿り着くのか、本当に分からないが、しかしここまで最終話が見えてこない第9話も珍しいと思う。

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