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2008年アラスカ、2022年ロンドン

イギリスの電車の駅には「METRO」という無料の新聞が置いてある。私はたまにしか電車に乗らないけれど、乗ったときにはそのMETROをもらい、駅や車内でさらっと見るようにしている。"じっくり読む"ではなく"さらっと見る"とあえて言うのは、私の英語力不足と努力不足により、ちゃんと理解して読むに至っていないからである。それでも最近は、記事の見出しや新聞広告に、以前よりは反応できるようになった、と自分では思っている。それはある講座を受講したことがきっかけだけれど、それについてはまたいつか書くことにする。

昨日は久しぶりに電車に乗って出かけたので、久しぶりにMETROを手に取った。いつも通り、"さらっと見て"いたら、ある記事に目が止まった。記事のタイトルは"Mass killer behind truck and stabbing attack is executed"。2008年に起きた秋葉原無差別殺傷事件の犯人に、死刑が執行されたという記事だった。この事件は当時、日本中に衝撃を与えたけれど、きっと、海外でも驚きをもって受け止められたニュースだっただろう。海外の人は、日本人以上に、日本を安全安心な国だと思っているから、まさか平和な日本でこんなことが起きるなんて、と。先日起きた、安倍元首相銃撃事件も同じように受け止められていた。

この事件そのものがショッキングだったということもあるけれど、今回、この件が記事に取り上げられていたのは「死刑執行」という点においてだろう。イギリスでは、1998年に死刑制度は廃止されている。また、イギリスはもはやブレグジットで脱退したけれど、EU加盟28カ国はすべて死刑を廃止しているし、死刑廃止はEUの加盟条件となっている。G7の国で現在でも死刑制度があるのはアメリカと日本とのみで、世界的には、随分前から死刑制度廃止の風潮がある中での、今回の死刑執行。日本はまだそのような非人道的なことをしているのか、という思いが、記事掲載の裏にはあったのかもしれない。

ともあれ、久しぶりに手に取った現地新聞に載っていた日本人の顔写真と見出しは、私の脳裏にはっきりと焼き付いた。"execute"という単語は、今までにも出会ったことがあるけれど、その意味をちゃんと覚えられたことはなかった。なんだっけ、この単語、見たことはあるんだけどな、程度の認識だった。しかし、この記事により、私の脳内に"executed=(死刑が)執行される"という意味がしっかりとインプットされた。もう忘れないだろう。

同じような過程で、最近覚えた英語表現がある。"in grave condition"、"重体"という意味だ。これは、先日の安倍元首相銃撃事件についてのBBCニュースで、テロップに書かれていた表現だ。"grave"とは、そもそも"お墓"という意味である。まだ死んでいないのに"in grave condition"、つまり"お墓にいる状態"とは、すごい表現だな、と思った。ご承知の通り、残念ながらその後は、"in grave condition"から"died"に変わってしまった。

海外にいる時に、日本で起きた衝撃的なニュースの第一報を英語で知る、見る、読むこと。海外でもこれほど大きく日本のことが取り上げられるのか、という驚きと、自分が外にいる間に日本にとんでもないことが起きてしまった、という焦りのような、なにか置いてけぼりを食らったような、妙な感覚とが合わさって、そのニュースやそれに関連する表現は、自分の想像以上に自分の中に残るのだ。

私の初めての海外経験は、高校1年生の春に訪れたアラスカだった。その時の経験は、本当に文字通り、私にとっての一生の宝物となるものだった。そのアラスカ旅行の最後の夜、どこかに置いてあった新聞記事の一面に、見覚えのある顔が載っていた。それは、当時の総理大臣、小渕恵三氏の写真だった。その写真の横に"Japanese Prime minister in coma"という文字が並んでいた。その当時はスマホなんかなく、電子辞書を持ち歩いていたわけでもないので意味を調べられず「in comaってどういう意味やろ?」と疑問に思いながらもそのままわからずにいた。そして翌日帰国して、日本のニュースや新聞で、小渕首相(当時)が脳梗塞で倒れ、昏睡状態にあることを知った。"in coma(正しくはin a coma)"とは"昏睡状態"という意味だったのだ。あまりよく使う言葉でもないのに、私はその表現を、あれから20年以上経った今でもずっと覚えている。

英単語、語学に限らず、このようにして覚えたものは、忘れないものなんだろう。学びというものは、机上だけのものではなく、自らの体験や、そのときの感情と結びついたときにこそ、得られるものなんだろう。2000年のアラスカと、2022年のロンドンでの体験が重なり合った。それが明るいニュースではなく、どれもが暗いニュースであったことが、とても残念だ。

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