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播磨陰陽師の独り言・第400話「ハード部門との攻防」

 ゲームを開発する時はハードウェアも新規で設計します。ハードウェア……つまりプログラムを走らせるコンピュータごと設計することになります。ハードウェアの細かな設計は社内の専門家に任せるとして、基本となる要望は企画サイドから提出すことになります。企画書に、
——今回のハードウェア設計について。
 と言う項目を書き込み、要望を話し合います。当然、ハードウェアの知識がなければ、書けるものでもありません。また、知識なしでは社内の専門家に誤魔化され、コスト削減と言う理由で機能を削られてしまいます。
 ハードウェアの要望を出す時、まず、メモリマップを提出します。メモリマップと言うのは、コンピュータのメモリの大きさと、どのアドレスを、どこに振り分けるかを書いたものです。このアドレスの匙加減で主人公や敵キャラクターの大きさが決まります。また出現数にも関係しているので、微妙な駆け引きが必要になります。また、ひとつひとつの部品のコストで性能と販売価格が決まるので、ここにも注意しなければなりません。
 基本はZ80のCPUが三ツの構成です。
 CPUと言うのが、いわゆるコンピュータのチップのことです。Z80は8ビットのCPUのことで、当時はこれが主流でした。
 ひとつは背景画像用で、背景マップの作成とか、スクロールとかを処理するためのCPUです。基本的には8×8ドットのサイズで8色の絵256種類を、大量に並べて作ります。組み合わせで表現出来るように描かなければならないので、かなり苦労しました。
 もうひとつはメインの処理やスプライトのコントロール用に使われていました。スプライトと言うのはゲーム用のキャラクターなどを描いたものです。これを動かしたり入れ替えたりして絵を動かしていました。ゲームは高速で動いているように見えますが、実際は1/60秒に一回、ひとつのスプライトを動かしているだけです。最近はスプライトの制限はありませんが、昔は表示される個数に制限があり、キツかったです。大量に表示すると処理遅れしたり、場合によっては半分消えたりしていました。
 そしてもうひとつは音声のコントロールに使います。またまだ今のようなFM音源もMIDIも発明されておらず、ピコピコ音3音とノイズ1音だけで音楽を表現していました。
 当時は米国のインテル社製CPUを使っていましたが、やがて国産……と言ってもシャープが主流でしたが……に取って代わられました。そのあたりから、日米の業務用ゲームの売り上げが逆転するのですが……。

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