差別について

その昔、友達とフロリダに旅行に行ったことがある。割と治安の良い場所で、その日は友達と外食して映画でも見ようという事になった。

近くのモールまでは歩いて5分とかからない。昼間なのとホテルがいくつか建ち並ぶ観光地なので、歩いて出かけた。途中の小さな池は隣のホテルの池で、小魚や亀が泳いでいるのが見える。草むらにうさぎがいるなど、ちょっと日本では考えられない。日本で野うさぎが普通にその辺にいたら、すぐさまみんな捕まえてしまうだろう。

モールに向かっていると、横の道路を走っていた車から、男が体を乗り出して「ヘイ、ユー!ジャップ!」と私たちに叫んだ。お馴染みの中指を立てているのも、すぐ間近なのでよく分かった。さすがに、一瞬頭が真っ白になった。もちろん、それが日本人に対してのヘイトである事は知っているが、あからさまに敵意丸出しのように言われた事など、その時まで一度もなかったのだから、呆気にとられたと言っていい。

それまでも何度かアメリカには行っていたが、いくらなんでも中指まで立てられた事はもちろんなかったし、そのヘイトは映画の中だけで知っているものでしかなかった。場所が南部という地域だからなのか?と思ったり。

しかし、車はあっという間に走り去った。友達と顔を見合わせ、これは逆に貴重な体験なのか?という意味で半笑いになるべきなのか?複雑な心境のまま「何?今の」と言うのが精一杯だった。

嫌な気分だった。これが差別というべきアメリカでの洗礼だった。しかし、その旅の嫌な思い出はそれ一度限りで、他の事では大いにアメリカのみなさんは私たちを楽しませてくれたし、親切だった。

実際、私にはアメリカ人の親戚もいるが、とても親切だし、いい人という印象しかない。つまり、その時の旅のヘイトエピソードは、たまたま偶然にも嫌な奴らに遭遇しただけだと思っていた。

しかし、従兄の奥さんがシアトルのフェリーで、乗船代金のおつりをわざと間違えたかのように出して貰えなかったり(その奥さんは英語が堪能だったため、まくし立てるように文句を言っておつりは貰ったという)、スーパーの量り売りで高く計算されて、ある意味ちょろまかされそうになったり・・・と言う話を後日聞いて、案外生活してみると悪意あるような事をされるのだなと思ったものだった。

しかしその後、日本も差別はあるのだなと思う出来事に遭遇し、世界は平和だけではない、小さな小競り合いがその辺に転がっているのだと知った。

日本での出来事として、私の勤めていた職場にゲイの友人がいた。仲良くしていたのは、彼が非常に穏やかな話し方をするのと、雑学をよく知っていた事、映画に詳しいことなどからであった。また、彼は「色眼鏡で相手を見ないだろう」と私の中身を見定めて、割と知り合ってすぐの頃にゲイだとカミングアウトしてきたのだ。

「へえ、そうなんだ。日常的に生きづらさはあるんじゃないの?」

と聞くと、彼は今まで堰き止めていた、心のわだかまりを投げ捨てるかのように話し始めた。理解者が欲しかったのだろう。そう、仲間とは違う普通の職場で、理解してもらえる人に飢えていたのかもしれない。

一度話してしまうと、彼は部署の違う私の部に度々来ては悩みを打ち明けたり、旅行先の相談に来たり、たわいのない話をするために、頻繁に電話をかけてくるようになった。

話して分かったのは、彼の心は限りなく女なのだなということだった。普通の女子同様、話が長く、長電話になる。旅行先でのロマンスについて、うっとりと話したりする。

職場では少し優しめの青年だったが、私の前では完全に女子だった。

最終的に、彼は職場での生きづらさを嘆いて、職場を去った。彼がゲイではないかと疑う同僚に苦しめられ、職場にいづらくなったのだ。また両親にカミングアウトできない自分にも葛藤し、海外へと旅立った。

その時思ったのは、私がジャップと中指を立てられた国に、彼がすすんで行った事の不思議さだった。

差別はどこの国にも、どの地域にも、やはりある。それをやめようとする動きの中にも、大なり小なりの差別やヘイトが、うっすらと蔓延っている。どんな階級にも、どんな場所にも、やはりまだまだあるものなのだ。多分、自覚しない私の中にも、生活習慣や生きて教えられてきた中にも、ひっそりと紛れ込んでいるのだと思う。

それに気付いて、差別を切り捨て、平らとなる心の地ならしをするのは自分次第だ。

生きていく中、どんな形で差別が私の目に触れるかは、その時になってみないと分からない。その時に、毅然と振舞える自分で居たいと思う。生きている限り。

誰もが知っているだろうけれど、私以外みんな違う。私はあなたではない。私は私でしかない。何度でも言うが、私以外はみんな違うのだ。みんな違うのだから、それを認めればいいだけじゃないか。そう誰もが思っていたら、差別は無くなるのではないかな。

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