ダメになる会話「人間らしさ」

刑事「つまり、お前が殺したんだな?」
青年「殺したというか、僕が原因といいますか…」
刑事「素直に犯行を認めてくれたのは助かるんだが、いろいろとわかんねえ所を説明してもらわないと、取り調べを終わるわけにはいか無いんだよ。」
青年「どういう事を説明したらいいんでしょう?」
刑事「まったくスッとぼけやがって。いいか、ガイシャは他でもねえ、お前の母親、オフクロさんだ。それは間違いねぇんだな?」
青年「はい。間違いありません。」
刑事「そのオフクロさんは、昨日お前の家の部屋の真ん中で、皮だけになって死んでいたんだ。どれだけ異常な事か、わからんわけじゃあるまい?」
青年「はい。」
刑事「普通は『皮だけ』なんていっても、それは痩せこけてる時の比喩だ。だけど今回は違う。骨も筋肉も内臓もなくなってる。正真正銘、皮と髪の毛しか残していないんだ。まるでヘビが脱皮して残した皮みたいにな。」
青年「ええ、よくわかってます。」
刑事「どうだかな。オフクロさんの悲鳴を聞いたご近所さんの通報で警官が駆けつけた時、お前さんはそんな異常な死体の前に座って、じっとながめてたっていうじゃねえか。」
青年「いろいろと、思うところがありまして。」
刑事「お前さんがあれをやったんなら、どうやったのか、そしてなぜオフクロさんを殺したのか、それを話してくれっていってんだよ。」
青年「なるほど、わかりました。かなり前の事から話す事になりますが、かまいませんか?」
刑事「もちろんだ。最初っから話してくれ。」
青年「今から五年前の事です。アルバイトから帰宅すると、いつもは僕より帰りの遅いはずの母が家に居たんです。」
刑事「五年前?それは今回の事件と関係があるのか?」
青年「はい。」
刑事「じゃ、続けてくれ。」
青年「僕に背を向けていたので顔はみえなかったのですが、母は様子が変でした。奇妙な踊りを踊ってるみたいに、手足をブラブラさせたり時々体をけいれんさせたりしていました。」
刑事「なんだ?なんかの病気か?」
青年「僕が声をかけると母がこちらをむきました。目はうつろで口を大きく開けていて、その顔は明らかに死人の顔でした。」
刑事「どういうこった?」
青年「僕は驚きました。母が動く死人になっていたことではなく、その口の中から2つの目が僕を見ていたからです。」
刑事「ちょ、ちょっとまて!」
青年「なんでしょう?」
刑事「だから、そういうホラ話を聞いてるヒマは無いんだって。」
青年「信じられないというのはよく分かるのですが、お願いですから一度、最後まで聞いていただけませんか。」
刑事「まいったな…わかった。一回だけ付き合ってやる。そのかわり、この話が終わったら本当の事を話すんだ。約束だぞ?」
青年「ありがとうございます。では続けます。驚きと恐怖で僕はその場に凍りつきました。その僕の前で、母はその何かに体の骨や肉を内側から喰われているようでした。」
刑事「作り話にしても気持ちの悪い話だな。」
青年「しばらくするとソレは完全に母の体内を食い尽くしました。母の皮を着たソレは、どこからどう見ても普段どおりの母でした。」
刑事「そんで、そいつはいったい何者なんだい。」
青年「ソレは、母と全く同じ声、同じ話し方で僕に話しかけてきました。」
刑事「ほう、そいつはしゃべれるのかい。」
青年「自分は人間に寄生する生命体で、とりついた宿主の表層以外を吸収し、宿主とすり替わって生活するのだと言いました。」
刑事「なんとまあ、安いSF映画みたいな話だな。」
青年「通常、寄生はひそかに行われ、目撃者は例外なく喰い殺されるそうです。」
刑事「はは、大変だお前さん、食われちまうぞ。」
青年「しかし、不思議な事にソレは僕を殺そうとはしませんでした。」
刑事「ほう、そいつはどうして?」
青年「ソレが言うには、通常なら記憶と体を完全に乗っ取り、日常生活に紛れ、身近な人間を少しずつ食い殺して行くのが、その生命体の生き方のようです。」
刑事「そんなもん、家族とか同僚とか、誰か気づくだろう?」
青年「外見だけでなく記憶も吸収しているので、身近な人からも全く疑われないそうです。」
刑事「それで、家族やご近所の人を食い殺していくのか?すぐに事件になるだろう?」
青年「一人暮らしの人や、老人などをターゲットにするようですが、やはり件数が増えれば怪しまれます。だからしばらくしたら行方をくらまして、皮を始末し、また別の宿主を探すそうです。」
刑事「ふーん、とんでもねぇヤツだな。」
青年「話を聞いて『僕も喰われるのか?』とソレに聞きました。」
刑事「そうそう、お前さんは何で生きてるんだ?」
青年「ソレが言うには記憶を吸収する時に僕を見てしまったため、母の感情がたかぶり、通常は吸収しない母の「感情」まで吸収してしまったようです。こうなると、精神的にも人間に近くなってしまい、人を喰うことができなくなるのだそうです。」
刑事「ほほう、感情がポイントなのか。」
青年「ソレは言いました。こうなったからにはもう自分は寄生体として生きていくことはできない。この体の寿命まで普通の人間のフリをして暮らす事になると。」
刑事「それで?」
青年「そして私に選択を迫りました。母を殺した憎い寄生体を今すぐに殺すか。それとも、ソレが母としてここで生活していくのを黙認するか。」
刑事「はぁ…なるほどね、それでお前さんはその寄生体とやらを殺して、その死体があのホトケさんだっていうわけか。即興で作ったにしちゃ面白い話だったが、あいにくそんな話で納得するわけにはいかねぇなぁ」
青年「違います。最初に言ったはずです。これは五年前の話だと。」
刑事「あ、そうか。そうだったな。あれ?て事は?」
青年「父がいなくなってから、母は女手ひとつで僕を育ててくれました。当然暮らしは楽ではなく、借金もあり、母の負担は大変なものでした。」
刑事「お、おお、オフクロさん、苦労人だったんだな。」
青年「自分で言うのもなんですが、僕たちは親子二人で手を取り合いながら、お互いを思いやって貧しいながらも幸せに暮らしていました。もちろん僕は母が大好きでした。」
刑事「ふうむ…」
青年「僕がようやく働ける歳になり、アルバイトとは言え家にお金を入れられるようになった矢先の事でした。これからようやく親孝行ができると思っていたのに。僕の絶望は、どんなに言葉を重ねても他人には理解してもらえないでしょう。」
刑事「それで、どうしたんだよ。」
青年「僕はソレを殺しませんでした。母が死んだと言う事実から目をそらして、ソレが母のフリをして暮らすのを許しました。」
刑事「おいおい、ウソだろ?いや、元からホラ話か。」
青年「だって、ソレを殺してなんになります?僕には孤独な人生が残されるだけだ。大好きだった母はもうどうしたって帰ってはこない。それなら偽物でも母の姿をしたソレがいた方がマシかもしれないと、その時は思ったんです。」
刑事「しかし、いくらソックリでもそいつはバケモノなんだろう?」
青年「でも、次の日からそれまでと全く変わらない生活が始まりました。ソレはそれまでの母と全く同じように生活をし、作る食事も母が作ったのと同じ味がするのです。僕の、僕の記憶だけが消えてしまえば、これまで通りの暮らしが出来るのです。苦労をかけた母にやっと恩返しが出来るのです。」
刑事「い、いや、そりゃなんかおかしいだろ…」
青年「僕は混乱しました。ソレは母の外見と、記憶と、感情までも同じものを持っているのです。なのにソレは母ではない。しかし、ソレが僕に向けてくれる愛情の数々は紛れもなくこれまでの母と同じものに感じられるのです!僕は何度自分の中で葛藤したかわかりません。ソレを母と思えばいいではないかという思いと、それだけは決してしてはならないという思いを毎日毎日繰り返して…多分…」
刑事「多分…なんだい?」
青年「その時の僕は、もう…狂っていた…ダメになっていたんだと思います。」
刑事「まあ、そんな状況じゃあなあ…って、いやいや、お前さんの話し方が真に迫ってるからつい乗せられちまうが、そんな話、どうしたって信じるられるわけ無いだろ?だいたいその話じゃ、おフクロさんは死んで無いじゃないか。」
青年「これでようやく、昨日の話が出来るのですが。」
刑事「あ?ああ、やっと話してくれる気になったかい。」
青年「昨日、仕事から帰った僕をひと目見るなり、母は絶叫しました。そして台所の包丁をつかんで、僕に襲いかかってきました。」
刑事「そいつは物騒だな。何でそんなことになったんだ?」
青年「彼女にはひと目見ただけでわかったんです。息子が寄生体に襲われ、喰われてしまった事が。」
刑事「…ん?なんだって?」
青年「滅多にある事では無いんですが、まれに起きてしまうんですよ。寄生体同士が鉢合わせしてしまうことが。」
刑事「まてまてまて!そのホラ話、まだ続けるのか?」
青年「でもそれで殺し合いになる事なんか無いんです。普通はお互いに猟場を変えるだけです。だから母親が襲ってきた時は驚きました。僕は同類だ、仲間だといって組み伏せました。」
刑事「なんだか変な展開になってきたなぁ。」
青年「母親は泣きじゃくりながら僕の顔を見つめ、ひと言こう言いました。『私には耐えられない』と。」
刑事「どういう意味だ?」
青年「そして、自分の手を口の中に突っ込むと、口の中の目玉を引きちぎって、そのまま死んでしまったんです。」
刑事「え?何を引きちぎったって?」
青年「口の中の目玉ですよ。僕たち寄生体は、その目玉付近に生命活動に必要な器官が集中していて、そこを切断されると即死します。死ぬと細胞が分解してほとんどが水のようになります。」
刑事「じゃああの皮だけの死体は、オフクロさんが、いやオフクロさんのフリをした寄生体が、自殺したせいで皮だけ残ったってのか?」
青年「僕はなぜこんな事になったのかわからず、吸収したばかりの宿主の記憶、つまり、今あなたが見ているこの青年の記憶をたどりました。そうしているうちに、警察に逮捕されたわけです。先ほど話したのは、この青年の記憶なんです。」
刑事「……あ~、その、何だ。なかなか面白かったよ。ガラにもなく本気になって聞いちまうところだった。だが、与太話はここまでって約束だろ?」
青年「ひとつだけ、知りたかった事があるんです。」
刑事「ん?何を?」
青年「母親が死んだ事を受け入れられず、寄生体を母親だと信じこもうとした青年と、その記憶は宿主のものとわかっていながら、母親としての情から息子の死が耐えられず自ら死を選んだ寄生体…。いったいどっちが本当の人間らしかったんでしょう?」
刑事「いや…それは…」
青年「さて、話はこれで終わりです。この話を信じてもらうために、これから僕の口の中を見せます。よく見てくださいね。せーの…」
-END-

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